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春は2人のもの2

 先生に背中を押された翌日は日曜日で、俺はイジュンと広蔵市場へ行く約束をしていた。久しぶりに麻薬キンパを食べたいと思ったからイジュンを誘った。イジュンに「麻薬みたいに癖になる」って最初に言われたけど、ほんとに癖になったようで、普通のキンパを食べていると麻薬キンパが恋しくなるんだ。普通のキンパはスーパーでも売っているから、普段のお昼に食べたりしているんだけど、それが続くと麻薬キンパが食べたくなった。ほんとに麻薬だなと思う。麻薬って名前つけた人はすごいと思う。そのとおりだから。 「麻薬キンパが恋しくなるなんて、明日海も韓国人化してきたね」  広蔵市場へ行く道を歩きながらイジュンが言う。韓国人化か? まぁ、もう4ヶ月たつんだもんな韓国に来て。辛いのは少しだけ食べられるようになってきた。これは韓国人化って言えるんだろうか。そういえば、キムチもイジュンがオンマとハルモニの漬けたキムチを持ってきてくれるから、食事のときに食べたりしている。ただ、キムチをおかずにしてご飯とキムチだけというのはできないけど。でも、確かに韓国の食に慣れてきているのは事実だ。 「キンパの他はなにが食べたい?」 「んー。|ピンデトッ《緑豆チヂミ》が食べたいかな。あとはユッケビビンバ。がっつり食べたい感じ」 「いいよ。じゃ、ピンデトッはおやつにして、ユッケビビンバをメインにしよう。OK?」 「うん。でも、まずは麻薬キンパからね」  俺がそう言うとイジュンは楽しそうに笑った。 「そのうちチキン食べながらビール飲んだら、完全に韓国人だよ」 「チキンはそんなに食べたいと思わないんだよな」  広蔵市場へ足を踏み入れながらそんな話をする。チキンは好きだけど、そんなに食べたいという気にならない。だから韓国人化は無理だな、なんてことをぼんやり考える。  麻薬キンパのところへ行くと既に人だかりになっていた。なんか今日は混んでるな。しばらく他の人たちが麻薬キンパを買っていくのを見ながら俺たちも1本ずつ注文し、その場で立ったまま食べる。お店は隅にあるから立って食べても他のお店の迷惑になることはない。 「やっぱり美味しいな」 「だから、麻薬のように癖になるって言ったでしょ」 「それはあたってる。間違いなく癖になったよ」 「よし! じゃあユッケビビンバ食べに行こう」  麻薬キンパで胃が刺激されたのか、お腹が空いてはやく食べたいと思った。市場って買い物をするのもいいけど、俺としては屋台が楽しみだったりする。屋台で色々なものが食べられる。でも、こうやって屋台巡りをするのも相手がイジュンだから楽しい。って、イジュン以外に友達いないけど。っていうか、その前にイジュンは友達じゃない。こい……恋人だ(恥ずかしいっ)。屋台巡りは1人でもできるけど、間違いなく浮くだろうな。韓国人は”おひとり様”をしない。おひとり様文化がない。1人で食事とか日本だと普通にある光景だけど、韓国人はそれをしない。だから食べたいとなったら誰かを誘うみたいだ。俺は日本人だからキンパ屋とか軽食屋には1人で入って食べたりする。誰かを捕まえるにしても俺は韓国に友達がいない。友達を作るような場所に行く暇もないし、大体はイジュンがついてくるから普通にデートになってしまう。だからもはやイジュンは恋人兼友達になってしまっている。語学堂とか通ったら友達もできるんだろうけど、仕事があるからそんな時間はない。仕方ないよな。  ユッケビビンバの屋台もそこそこ混んでいる。少し早い夕食、と思って出てきたけれど、同じように考える人は多いようだ。ユッケビビンバはコチュジャンが結構使われていて少し辛かったけど、なんとか食べる。それを見ていたイジュンが言った。 「辛いの食べられるようになったよね。旅行で来たときはダメだったのに」 「あまり辛いのは今もダメだよ。でも、こっちの料理食べてるうちにだいぶ慣れてきた」  少しの辛味と思って食べていても、それを食べ慣れるといつかそれは辛いものと認識しなくなる。そしてもう少し辛いものが食べられるようになってきた感じだ。日曜日、家にいるときは自炊するけど、それ以外のときは普通に屋台のものやスーパーのものを食べたりしているから、慣れだ。 「明日海が韓国にいるっていいな。恋人とこうやって過ごせるの楽しい」  イジュンは声のトーンを落とすことなく言った。最近はイジュンと韓国語で話しているから周りの人に俺たちが恋人だってバレてしまう。男同士って理解ないって言ったじゃないか! と小声でイジュンに言うとイジュンは笑って言った。 「大丈夫。みんな食べることに忙しいし、聞こえたってどうせ普通のカップルに見えるよ。だって、あす……イテッ」  イジュンがなにを言うかわかったから、頭を叩いた。そう、イジュンは俺が女に間違われるから普通のカップルに見えるって言いたかったんだ。俺が女に間違われるのが嫌だと知っているのに、いまだにそれを言うことには殺意さえわく。 「ほら、馬鹿なこと言ってないで食べろ。ピンデトッ食べに行くぞ」 「待って待って!」  そう言ってイジュンはかきこむようにユッケビビンバを食べた。

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