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春は2人のもの3

 ピンデトッはそこで食べずにテイクアウトにして、広蔵市場を出た正面にある|清渓川《チョンゲチョン》へ降りてベンチに座る。もう暑いからこういう水の見える景色が涼し気でいい。韓国へ来たのは桜の季節でまだジャケットが必要な季節だった。だけど季節は巡り、もう半袖のシーズンになった。韓国へ来て4ヶ月か。早いな。毎日忙しいからほんとに早く感じる。 「もう夏だね。夏って涼しくないの? なんか、もう暑いんだけど」 「涼しくないよ。普通に暑いっていうか、猛暑? 湿度も高いし、間違えても涼しいなんてことはないよ」 「なんでだよ。冬寒いじゃん」  ソウルの冬は雪は少ないものの寒さは東京より寒かった。日本だと東北地方くらいの気温だ。だから夏は東京よりは涼しいのかと思いきや、今、既にもう暑くて、とても夏は涼しいなんて思えない。冬寒くて、夏は暑いなんてしんどい。 「まぁ、季節を楽しもうよ」  呑気にいうイジュンを横目で見る。イジュンの横顔をこんなに近くで見るなんてなかなかないな、なんて思いながらピンデトッにかじりついた。そして深呼吸をする。なんでかって、イジュンに言いたいことがあるから。夏が暑いとのクレームじゃなくて、俺の気持ち。韓国語でなんて言うかは4ヶ月前に教えて貰った。だけど、勇気がなくてまだ言えてなかった。別につきあっているんだから振られる心配はないんだけど、それでも恥ずかしいし、勇気はいる。でも、昨日先生に背中を押されたじゃないか。そう思って深呼吸をする。男だろ。勇気出せよ。そう自分を鼓舞し、口を開く。 「イジュン……」 「ん?」 「|영원히 함께 있고 싶어. 사랑해.《ずっと一緒にいたい。愛してるよ》」  言った!  頑張って言った!  その後は恥ずかしいのとイジュンの反応が怖くて、イジュンに背中を向けてピンデトッにかじりつく。 「明日海! |평생 소중히 할게《一生大切にするよ》」  イジュンの言葉を背中で聞いてしまった。そしてそこで気づく。|소중히《ソジュンイ》ってなんだ? |평생《ピョンセン》はわかる。一生、だ。でも、소중히がわからない。返事を貰ったのに、その意味がわからないってどういうことだよ。先生、そこまで教えてくれなかった。ってか、YES、NOか|나도《俺も》って返ってくると思ったんだ。でも、イジュンはそうしなかった。そこで意味を知りたいけど、辞書なんて持ってないし、ここに先生はいないし、としたら意味を聞くのはイジュンしかいない。イジュンに言われた言葉をイジュンに聞くとか……。っていうか、せっかくロマンティックになりそうな場面なのにムードぶち壊しだ。 「……ねぇ。|소중히《ソジュンイ》ってどういう意味?」  恥ずかしさもあって、恐る恐るイジュンに訊くと、イジュンは俺の唇に軽くキスしたあとに言った。 「大切、っていう意味。だから、”一生大切にするよ”っていうこと」  意味を英語で言ってくれて、なるほどと理解する。今後、この言葉を聞くことはないだろうけど、それでもこれでひとつ韓国語をお覚えた。でも、自分の言ったこととイジュンの返事とで俺は恥ずかしくて俯いてしまう。韓国人はこんなことをさらりと言うとか、どういう心臓してるんだ? 恥ずかしくないのか? なんて1人心の中で考えていた。でも、イジュンにはもうひとつ言わなきゃいけないことがある。 「今なら、ソウルタワーで鍵を締めてもいいよ」  小さい声でそう告げるとイジュンは隣で立ち上がった。なんだ? なんで立ち上がる? 思わずイジュンの顔を見上げる。するとイジュンはまたベンチに座って言った。 「今から行こう! 熱が冷めないうちに。あ、でもその前に買い物!」 「イジュン。いいから落ち着け。今から行くのはいいけど、買い物はなにを買うのかわからないけど、なにも今じゃなくたっていいんじゃないか?」  そんなことをしていたら、気が変わっちゃうぞ、と言う意味をこめて言うとイジュンは違うという。 「後日じゃダメなんだ。っていうか、俺がいけなかったんだ。忙しさにかまけて後回しにしてたから。明日海、ごめん。でも今から行こう。もう食べたよね」 「だから落ち着けって。で、なにを買いにいくんだよ」 「指輪」 「指輪?」 「そう。韓国では付き合って100日記念に指輪を買うんだ。って俺たちの場合、もう100日なんてとっくに過ぎちゃってるけど。ごめん。軽視してたわけじゃないけど、お店のこととかで忙しかった」  付き合って100日っていうと韓国へ下見で来て帰国した頃か? もっと後? でも、どっちにしてもイジュンはお店を開くために動きだしていた頃だ。だから忙しいのはわかる。ほんとなら俺も手伝うべきことをイジュン1人に任せていたんだから、100日記念とか考えてる暇はなかっただろう。 「だから、これから買いに行ってもいい? ちょうど鐘路は貴金属の有名な通りがあるんだ。行こう」 「男同士で平気か?」 「怒らないで聞いて。……大丈夫。明日海だから」  怒らないで聞け、っていうことはつまり、俺が女に間違われるって言いたいんだな。ちょっと怒りたいけど、でもそれがまさかこんなときに役立つなんて。複雑すぎてなにも言えなかった。 「よし、行こう!」  そう言うとイジュンは俺の手を握って立ち上がると清渓川の階段を昇って鐘路に向かって歩き出した。

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