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第1章 知りたかった『理由』

 桐生(きりゅう)眞陽(まひる)は、常に姉の死の『理由』を見つけようとしていた。どんな些細な事でもいい、その『理由』によって、彼は少しだけでも姉の死から解放されるかもしれないと思っていたからだ。  眞陽の姉の手帳から飛び出して来た一枚の写真。その写真がきっかけで、彼もすっかりしまっていた記憶が蘇ってきていた。生前の姉・(まこと)の事を。 「絶対に許さない」  姉は何を『絶対に許さない』と、憎しみを込めて写真に向かって言っていたのだろうか。  眞陽は、その謎を解きたくて、眞の手帳を一ページ目から開いていった。  眞が死んだ年のスケジュール帳だった。色んな予定が入っていたけど、大概は大学の講義の予定だった。  眞陽が一つだけ気になったのは、ハートマークだった。それの本当の意味は分からないが、男の写真が挟んであった手帳である。デートの日だったとか、そんな事だと予測はついた。  ページを捲っていっても全くそれを予期する事は何も書かれておらず、結局連絡先のページに辿り着いてしまった。男の情報が載っているかもと思ったが、眞の親友の佐藤桃子の連絡先や多分大学の友達であろうと思われる数名の女性の連絡先しか書いておらず、これもなんの手掛かりにもならなかった。  眞の親友の連絡先と言っても、もう十年くらい前の情報である。書いてある携帯の番号も、使われていない可能性が大きかった。だが、眞陽はこれに掛けることにした。  その番号に掛けてみると、すぐに相手が出た。これは『使われていない』と自動音声が流れるな、と思ったが、意外にも佐藤桃子本人が出た。 「もしもし」  意外過ぎて、眞陽はどぎまぎしてしまい、 「あの……えっと……桐生です」と、言うのがやっとだった。 「き……りゅう……」と、佐藤桃子は誰だという声色で言ったがすぐ、 「桐生って、もしかして」と言った。 「あの、俺、桐生眞陽です」 「まこちゃんの弟さんですか?」と、佐藤桃子の声のトーンが上がった。    『そういえば、姉は『まこちゃん』って皆から呼ばれていたっけ……』   「突然すいません。佐藤さんですよね?」 「まこちゃんの……弟さん……懐かしいわね……」  電話の向こうで声を詰まらせているのが分かった。眞陽は、なんだか申し訳ない気持ちになって、 「あの、突然だったので……その……改めます」と、切ろうとした。 「待って!待ってよ、ごめんなさい。びっくりしたけど、でも切らないで」と佐藤桃子が言った。  眞陽は無言で居ると、 「どうかされたの?まひる君だよね、元気にしてた?」と佐藤桃子が気を遣う様に言ってきた。  何をどう聞いたらいいのか、眞陽は分からなくなってしまって、とりあえず、 「あの、可能でしたら会えませんか?」と聞いてみた。 「勿論よ。会う会う」  二人は会う日時を決めて電話を切った。  約十年分の時が、眞陽の頭をぐるぐると回して来た。 『もうそんなに経つんだ……姉ちゃんが死んで……』  ◇◆◇◆  待ち合わせの時間より、十五分前には着いていた。眞陽は意外と時間は守る。  子供の頃、会ったきり佐藤桃子とは会っていない。彼女の事はぼんやりとしか覚えていなかった。眞陽は、『お互い会っても分からないかもな』と、思いながら待ち合わせのカフェで席を取って待っていた。  それよりも、どう話を切りだそうかと悩んでいた。まずは彼氏が居たのか、この写真の男は誰なのか、を聞かなければ。 「眞陽君?」  突然声を掛けられて、眞陽はビクッとしてしまった。  突然ではない、多分普段使わない頭を使って悶々としていたものだから、佐藤桃子が目の前に立っていても気が付かなかっただけだった。 「佐藤さん?」 「そう、佐藤桃子。眞陽君、すぐ分かった。あなた相変わらず、綺麗な男の子のままね」  「綺麗って……」  眞陽は子供の頃、よく女の子は間違えられていた。女顔なもんだから、いまだに大学生に間違えられる。都合がいい時もあるが……  二人は何となく近況報告をしていた。  佐藤桃子も、もう二児の母らしい。 「佐藤さんも、お母さんですか……」    『姉も生きていたら、もしかしたら母親になっていたかもしれない。きっと良き妻で良き母親になっていた筈』  眞陽はそう思うと、ズキンと心が痛みだした。久々の感覚である。姉の事を『もしかしたら』と考えると、必ずズキンとするのだ。  痛みが酷くなったら、彼は荒れまくる。そうなりたくないので、眞陽は本題に入る事にした。このまま彼女の近況報告を聞いていたら、本題に入れず、「そうですか、ではまた」と帰ってしまう自分が想像できたからだ。   「いきなりで申し訳ないですし、今更かもしれないんですけど」と、切り出すと、佐藤桃子は『やっぱり』といった表情をした。 「姉の事なんですけど……姉は、彼氏居ましたか?」  そう聞くと佐藤桃子の表情はあからさまに曇った。やっぱり、姉の死に男が関係しているんだと確信した。 「……眞陽君、何も聞いてないの?」と佐藤桃子は言った。 「え?」  眞陽はどういう意味か分からず、言葉が出てこなかった。 「とても言いづらい事だから……それでも知りたいの?知らない方が良い事もあるし……ご両親が、眞陽君に説明していないなら、私、ちょっと……」  意味深な事を言っていおいて、言わないなんて、そうはさせない。眞陽はそう思って、 「何も知らされない辛さ、分からないでしょ」と、言ってしまった。    眞陽は何にも知らない。それは姉の死よりも辛かったかもしれない。子供だからという理由で、誰も姉の死の『理由』を教えてくれない辛さ……それは眞陽の心を抉り続けていた。   「そこまで言うなら……後悔しないでね」  佐藤桃子は、ため息をついて、そう言った。 「まこちゃんの、自殺した理由はね……当時付き合っていた彼氏に騙されて……その、暴行されたの」と佐藤桃子は小声で言った。 「暴行?姉が暴行?」  眞陽は信じられなかった。『暴行』の意味は、説明されなくても汲み取れた。そして一気に感情が死んでいくのが分かった。  「しかも、数人に……」と佐藤桃子は、更に眞陽に追い打ちをかけてきた。  「マジかよ……」としか眞陽は言葉が出てこなかった。  今まで色んな原因を考えてきた。でもこれは一番そうであって欲しくなかった原因だ。  眞陽は、すかさず男の写真を見せた。  「コイツですか?」  「私もね、彼氏って人に会った事がなかったの。いつか会わせてあげるね、って言われてたけど。ほら、私と眞は違う大学だったから、当時は会う機会も減っていたのよ」  クソっと思った。コイツの情報握れると思ったのに。だが佐藤桃子は、  「でも、この人知ってる」と言った。  一番言って欲しかったセリフを言ってくれて、眞陽はパッと視界が開けた感じがした。  「まこちゃんが亡くなる前に、ご自宅に、お見舞いに行ったの。会ってくれないと思ったけど、まこちゃんは会ってくれて。その写真を握りしめていたの、凄く覚えてる」  「で、誰なんですか?」  「私も、名前しか聞いてないの。それがその男なのかは分からない。どういう関係の人なのか、結局教えてもらえなかったわ」    『だから、誰なんだよ、コイツは…』   「確か『きょうごく』だったと思う。『きょうごくさん』て、言ってた。あまり聞かない苗字だったから、覚えていたの」  ◇◆◇◆    佐藤桃子からは、それ以上の事は聞けなかった。事件の内容は、聞かなくても物凄く辛い内容だと想像がついたから、聞かなかったとも言っていた。  彼女には悪い事をしたな、と眞陽は思った。多分、彼女も思い出したくない過去だっただろうから。  でも、とりあえず情報は得られた。正確さは別として。  ここからは眞陽の問題になった。さて、これからその男をどうするか。  先ずは両親に事実を追求する手もあった。だが、今まで全てを隠していた事への憎しみの方が大きくて、声すら聴きたくなかった。だからそれは却下した。  結局、眞陽は知り合いのつてを使って、調べてもらうことにした。写真と苗字だけでは無理だろうと思ったけれど、難なく情報を手に入れることができた。    「この方が大手企業で役職に就かれていたので、すぐ分かりました」    もっと金を積めば、もっと調べてやってもいいと言われたが、そんな金は眞陽にはもうなかった。こんな、自分よりクズの為に借金するくらいなら、自分で直接コイツに接触してやる、という気持ちの方が強くなっていた。 『必ずお前の人生を終わらせてやるからな。京極(きょうごく)久紫(ひさし)

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