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第4章 瞳の奥の『本音』

 駐車場に向かいながら、京極久紫は胸の高鳴りを止められなかった。本当に自分の心が厄介過ぎて困ってしまう、そう思っていた。    『桐生眞陽と名乗った、笑顔の素敵な自分好みの青年……』  京極は、自分が中学時代の初恋の人に似ている、さっき名を知ったばかりの青年に心を奪われかけている事を認めざるを得なくなっていた。好きだ、という想いがどうにも止まらない。    京極は眞陽が自分の懐に入って来れば来るほど、彼をもっと知りたい、その笑顔をずっと見ていたいという願望が大きくなっていた。  自分よりもだいぶ若い事は言われなくても分かっていた。だから、『コーヒーショップの店員と客』の間柄だけで良かったのだが、今はそれ以上を求めたくなっていた。  自分の車に向かいながら、もう一つの足音も確認しながら歩く京極。 「京極さん」と、眞陽に呼び止められたので振り返った。 「あの……やっぱり、僕、電車で帰りますから」と、眞陽は言うと出口へ向かい始めた。  その背中を見て少し焦る京極。送って行く、なんて彼には唐突過ぎたなと思い、少し躊躇していたのだが、 「私と食事するのは、嫌かな……」と、眞陽の背中に言った。  そう声を掛けられて、眞陽は立ち止まった。背を向けたまま、何も言わない。  なので、京極は、 「ごめんな。常連客に愛想を良くするのは当たり前だ。君にはそれ以上の感情も何もないのも分かっている」と、言った。  日頃から人との距離感を大事にしているのに、京極はそんな自分が恥ずかしくなった。  すると、 「あの……ちょっと、ビックリしただけで……」と、眞陽が言った。  京極は車のドアを開けながら、眞陽の方を見た。 「常務、って僕にはどんな仕事か分からないけど、偉い人だって事ぐらい分かります。だから、フリーターの僕なんか、一緒に居るのは変じゃないかなって……」と、眞陽が俯きながらぶつぶつと言った。  その姿がまた京極にはまぶしくて、思わず笑ってしまった。 「笑いましたね!」と、顔を赤くして言う眞陽。 「ごめん。で、私と一緒に食事には行きたくないかい?」と、京極は言った。  眞陽は少し考えて、 「あの……僕、バイト代まだなので、ファストフードくらいしか出せません」と、言った。  そう言われた京極は少し目を丸くして、そして再び笑った。  眞陽はまた笑われたと思ったのか、ムスッとした顔をした。 「君は、本当に素直なんだね。じゃ、君の好きなファストフード店でも行くかい?」と、京極は助手席のドアを開けながら言った。  今度は躊躇することなく、眞陽は車に乗り込んだ。  ◇◆◇◆  隠そうとしているのだろうけれど、隠しきれていない眞陽のムスッとした横顔を、京極は運転しながらチラッと見た。 すると眞陽が、 「せっかくだから……美味しいもの、ご馳走してくれますか?」と言った。  「ファストフードじゃなくていいのかい?」 「京極さんは、いつも美味しいものばっか食べてそう」 「そんな事ないよ。接待の席も、好きじゃないからね」  京極はそう言うと、車線変更をして行き先を変えた。    しばらくすると、車は都内の高級ホテルの正面玄関へ止まった。  そのまま京極が車から降り、ドアマンに車の鍵を渡した。そして、助手席のドアを開け、 「眞陽君、降りなさい」と、言った。  さっさと中へ入っていく京極。  眞陽はその場に立ちすくんでいた。  するとドアマンが、 「おかえりなさいませ」と、眞陽に中へ入るように促した。  慌てて京極の後を追いかける眞陽。 「置いて行かないでください」と、小声で抗議する。 「ん?」と、歩きながら振り返る京極。 「僕、こんな高級なところ初めてで」と、また小声で眞陽は言った。  それを見て微笑む京極。『かわいいな』と、思った。そして、 「ここの、ステーキは絶品なんだよ」と、眞陽に言った。  ステーキと言われて、少し嬉しそうな顔をした眞陽。  すると急に、京極が立ち止まった。  京極にぶつかりそうになる眞陽。 「京極様、どうなさいましたか?」と、二人についていたドアマンが問いかけた。 「この格好ではレストランに入れないかな」と、眞陽を見ながら京極はドアマンに言った。 「ジャケットは、ございますでしょうか?」と、ドアマンが言った。  『あるわけねぇだろ』と、眞陽は心の中で言った。  二人は少し待たされ、ホテルの一室でなら食事を提供できると、ホテル側から提案された。 「眞陽君は、どうだい?それでも、ここのステーキを食べる価値はあるよ」と、京極は言った。 「是非!」と、元気よく言った眞陽だったが、内心は違っていた。   『そうか、ホテル側も、こいつの悪行を見て見ぬふりしてるってことか』と、眞陽は少し肝が冷えた。  ◇◆◇◆  高級ホテルの一室。手早くセッティングされたテーブルや食事を前に、眞陽はどれだけの権力のある奴を前にしているのか、と怖気づく自分を何とか奮い立たせようと無意識に太ももをつねっていた。 『こいつを陥れるためなら何でもする覚悟』であったが、眞陽が思うよりも早く事が動いていくので、正直逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。 「食べないのかい?」と、京極はじっとステーキを見つめたまま食べない眞陽に声を掛けた。  そう言われてハッと顔を上げる眞陽。 「……あの……マナーが分からなくて」と、胡麻化した。 「他に誰も居ないし、好きに食べなさい。私も別に、そういうの気にしてないから」と、京極は食べ始めた。  眞陽も少しずつ食べ始める。 「うまっ」と、思わず言ってしまった眞陽。 「だろ、ここのステーキ美味いんだよ」と、微笑みながら言う京極。  この後、どうしようと思ってるんだ、と眞陽は京極の目をじっと見つめた。優しそうに微笑んだ瞳の奥で、本当は何を考えているのか読めず、逆に怖かった。  食事も終えて、客室係が全て片付けて部屋から出て行った。  京極は、ミニバーから水を取り出して飲んでいた。  それを眞陽は身構えながら見ていた。 「眞陽君は、ここに泊まっていくかい?」と、京極が言った。  やっぱりソレ目的か、と眞陽は思った。覚悟を決めた瞬間でもあった。 「僕とそういう事したいんですか?」と、眞陽は立ち上がり京極に近づいた。 「は?」っと、言って京極が振り返る。物凄く驚いた表情をしていた。  眞陽も、「えっ!」と、驚いて二、三歩後ずさった。  『なんだよ、こいつ。どういうつもりでホテルに俺を連れ込んだんだよ』  眞陽は、動揺を隠せず、立ちすくんでしまった。  すると、京極が深いため息をついて、ソファーに腰掛けた。 「誤解をさせるような事をして、すまない」と眞陽に謝った。そして、 「いつも頑張っていて、気遣いが出来る君に、何か美味いものでも食べさせたかっただけなんだよ。成り行きでホテルの一室で食べる事になってしまって、私は帰るけど、君はせっかくだから泊まっていけば、と思っただけなんだ。申し訳ない」と、少ししょんぼりした顔をして京極は言った。  拍子抜けしてしまった眞陽は、しばらく返す言葉が見つからず、落ち込んでいる京極を見つめていた。 「あの……ただ食事したかっただけって事ですか?」と、眞陽はやっと京極に言った。 「そうだよ」  ずっとビビっていた眞陽だったが、 「本当にですか?てっきり僕は誘われてるんだと思いました」と、少しほっとしたのと、あと強がりな気持ちもあってそう言った。 「誘ってる?」と、京極は小声で言った。 「ぼ、僕の事が、気に入ってるんだと思ってたのに」と、少し引き攣っていたが、笑顔を余裕がある風を装って言った。 「そう思わせたのなら、謝るよ」と、ボソッと悲しげな表情で京極は言った。  『何で、そんな顔すんだよ』と、思いながら、 「違うんだ……がっかりです」と、眞陽は嘘を付いて、京極にくっつくように隣に座った。  ◇◆◇◆    しばらく沈黙が続く――  京極は正直硬直していた。彼は『期待』して自分について来たというのか?と。そりゃ、この青年に恋心を抱いている事は認める。でも、だからって身勝手な関係を結びたいわけではなかった。ちゃんと断ろうと、ちゃんと彼から離れようと、自分に寄り添う眞陽を見た。  眞陽が見つめてくる。  ドキドキと心が煩く、そしてどんどん高鳴っていく。  思わず立ち上がって、窓の外を眺めた。下を見ると、また吸い込まれるような嫌な感覚に陥って、後ずさった。すると、ぎゅっと後ろから眞陽に抱きしめられた。  ドキン、と心臓がビックリして、京極は力が抜ける様に眞陽に寄りかかってしまった。  それを受け止めて、ベッドに倒れ込む眞陽。  慌てて寝返りながら、 「違うんだ」と、京極は眞陽から離れようとした。  ◇◆◇◆  眞陽はいまだに分からなかった。京極の目的が何なのかを。でも、ここまで来たんだから、京極の弱みになる証拠は貰っていきたい、そう思っていた。 「京極さん……俺の気持ち分かってるんだろ?」と、わざとらしく、そしてあえて口調を普段通りに戻して眞陽は言ってみた。 「いや……その……」と、物凄く焦る京極。  やっぱりこいつは男は無理なのか?と、訳が分からなくなる眞陽であった。それに、さっきからあたふたしている姿にも意味不明であった。 「京極さん、俺としたいんでしょ?」と、直球を投げかける眞陽。  そう言われて京極は目を見開いた。 「いつもそういう目で俺を見てたじゃないか」と、眞陽は続けた。  どんどん青ざめた表情になっていく京極。 「京極さんが言えないなら、俺が言ってあげる」  そういって、眞陽は再び京極に近づいて抱きしめた。そして、 「俺、京極さんが好きだよ」と、京極を見つめて言った。  京極は眞陽に見つめられて、彼が何を考えているのか確かめたかったが、自分の心が高揚してしまっていたためか、その『本音』を見透かすことはできなかった。

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