6 / 9
第5章 『君』への想い
京極は正直頭の中が真っ白になっていた。
「俺、京極さんが好きだよ」
眞陽が言っていることに、理解が追いつかなかった。でも半面、嬉しさもあった。自分が抱いている気持ちと、彼の気持ちが同じなのか、と。
京極は、どう答えていいか分からなかった。自分も好いている想いを伝えるべきなのだろうか……でも自分の立場がその想いに邪魔をする。こんなに年の離れた青年を相手にするのは罪ではないか……と。
そう混乱している間にも、眞陽は真っ直ぐ見つめて来て、今にも唇を奪おうとしているようだった。
「少し冷静になろう」
京極はそう言って、眞陽を自分から引き離し、座り直した。
「京極さん……」と、眞陽は京極のスーツの裾をギュッと引っ張った。
『僕も好きなんだ』と、京極は心の中で思っていた。でも、ダメだ……
「……」
「俺の事、どういう気持ちでいつも見つめてたんすか!」と、眞陽は少し声を大きくして言った。そして、
「……すいません。俺の完全な勘違いでした。何やってんだろ、俺……京極さんが、誘ってくれてんだって勝手に思い込んで……」と、言いながら立ち上がった。
「眞陽君……」
咄嗟に京極は眞陽の腕を掴んでいた。
京極は、自分の気持ちに嘘をつくことを止めたいとずっと思って生きていた。自分だって好きな人と笑い合っていたい。愛し合いたい。京極は、そういう気持ちが溢れ出して、どうしようもなくなっていた。
「私は……僕も……君が好きだよ」
京極は、そう言うと、眞陽を後ろから抱きしめた。
◇◆◇◆
自分の手中にあっけない程に京極は落ちてくれたのに、モヤモヤした感覚が気持ち悪いと、眞陽は感じていた。
『罪悪感』
この言葉が眞陽の頭の中を駆け巡る。でも、何故こんなにも後ろめたい気持ちになるのか分からなかった。この京極という男は、自分の姉を死に追いやった、というのに。
でも、今のところ、京極の人柄が、それを否定しようとしてくる。眞陽が見知る限り、悪い噂を聞いたこともない。それになにより、人と距離感が遠い感じもしていた。そんな人が色んな相手を、たらし込んだりするだろうか?
京極に抱きしめられながら、眞陽は自分の気持ちが分からなくなって来てしまっていた。
振り返り、京極を改めて見つめる。
少し火照った、はにかんだ表情でいる京極。
「俺が好きですか?」と、眞陽は真っ直ぐ見つめて言ってみた。
京極は、少し俯いて頷く。
そんな京極に引き込まれるように、眞陽は優しいキスをした。
◇◆◇◆
この感触は何年ぶりだろうと、京極は思っていた。随分年下であろう眞陽からされた優しいキスに、一気にボルテージが上がると同時に、急に気が抜けたのか、京極はその場にへたり込んでしまった。
「大丈夫?」と、眞陽が屈んで言った。
「ごめん……ちょっと、気が抜けちゃって」と、でも立ち上がれないでいる京極。
その場に一緒に座り込んだ眞陽は、
「京極さんて、かわいいね」と、微笑みながら言った。
『かわいい』と言われて、真っ赤になってしまった京極。もう自分の気持ちに蓋が出来なくなっていた。
「ねえ」と、眞陽は言って京極の手を握り、
「もう一度キスしていい?」と、言った。
そう言われて京極はメガネを外すと頷き、
「でも……でも、今日は……キスだけ……」と、言って俯いた。
「分かってる。大事にするから。今日はキスだけね」と、眞陽は言って、もう一度キスをした。
京極は素直に嬉しかった。人並みの恋を自分も出来るんだ、と。
◇◆◇◆
随分かわいい奴だな、と眞陽は思っていた。いつもはクールで何を考えているのか分からないくせに、今は気持ちを隠せないで、恥ずかしがって顔を赤らめて……ますます、京極という男が分からなくなった。そして、もっと気持ちが揺らいでしまっていた。
とりあえず、京極を立たせて二人でベッドに腰を掛けた。
「で、京極さんは、今日、俺とセックスしたかったの?」と、眞陽は直球で聞いてみた。
「まさか!」と、慌てて否定する京極。
「じゃぁ、なんでホテルの部屋に俺を連れ込んだの」と、眞陽は苦笑いした。
「ご、ごめん……」
まぁ、眞陽だって成り行きでこうなったことは重々承知だったから、
「帰りますか?」と、言って立ち上がった。
すると、京極が立ち上がった眞陽の腕をそっと掴んで、
「泊まりたい……」と、言った。
驚いた眞陽は、振り返って、
「えっ……」と、思わず声が出てしまった。
「一緒に……寝るだけ。ダメ?」と、京極が上目遣いで言ってきた。
「……いや、ダメじゃないよ」と、眞陽は咄嗟に言った。
◇◆◇◆
シャワーを浴びながら、我ながらなんて恥ずかしい事言ってしまったんだ、と京極は後悔していた。『一緒に寝たい』なんて、どう考えたって物欲しげな奴だと思われただろうな、と。実際、人肌の感触なんて忘れかけていた。セックスがしたいわけではない。眞陽の側に居たいという純粋な気持ちだった。
ホテルのパジャマに着替え、部屋に戻ると眞陽が夜景を眺めていた。その横顔が美しく、そして凄くイイ男に見えて心がキュッとなってしまった。
京極が出て来たことに気づいて、眞陽は、
「今度は一緒に入ろうね」と、言ってバスルームに入って行った。
京極はそれを見送ると、眞陽が腰かけていた場所に近寄り、自分も夜景を眺めた。
今は窓から見下ろしても吸い込まれるような感覚もなく、行き交う車を眺めながら、少しづつ冷静になっていく自分と向き合っていた。
『恋するっていいものだ』
◇◆◇◆
京極がシャワーを浴びている間、眞陽は心を落ち着かせていた。
『弱みを握るには、絶好のチャンス』
そうは思ったものの、京極の人柄が、自分の想像からどんどんと逸れていくものだから、複雑な心境になっていた。
『一緒に……寝るだけ。ダメ?』
頬を赤らめて、恥ずかしそうに言う京極の姿は、正直かわいいと眞陽は思ってしまった。だいぶ年上だと思うけど、凄くかわいいと思ってしまった自分に、物凄く腹が立ってしまった。心が揺れている自分にムカついていた。
本性はこれから現すのかもしれない、そう思い直して自分のスマホを録画モードにして、ベッドが良く映るであろう場所に仕込んだ。
まだシャワーの音が聞こえるので、窓辺に腰を掛けた。
眞陽は自分の経験上、京極はゲイだろうなと確証していた。だから尚更、姉との接点に結びつかなかったし、姉に暴行しただなんて、想像も出来なかった。
でもそれが現実であって、だとしたら京極という男は本当に恐ろしい人間なんだろうなと、少し恐怖を感じても居た。
逃げるなら今だ、とも思ったが、そうこうしていると京極がバスルームから出て来た。
パジャマに着替えた京極は、風呂上がりだからなのか、まだ恥ずかしがっているからなのか、頬を紅潮させて眞陽に近づいてきた。
眞陽は、また足が震えだしてきてしまったので、
「今度は一緒に入ろうね」と、言ってバスルームに入った。
急いでシャワーを出す。鼓動が早くなり、眞陽はその場にへたり込んだ。本当に度胸がないな、と自嘲した。度胸がないというか、京極がそんな人でなしであって欲しくなかった、という気持ちの方が大きくなっていた。普通に出会っていたら、もっと素直に恋に落ちていたかもしれない。単なる『コーヒーショップの店員と客』として出会っていたら良かったのに、と。
◇◆◇◆
京極は部屋のライトを少し落とし、ツインベッドの一方のベッドカバーを捲り腰を掛けた。
『好き』が溢れて落ち着かなかった。
眞陽に抱きしめられた感触が心地良かった。キスされた感触もまだ残っていて、自分の唇を触っていた。気持ち良かったな、と。多分随分と年下だろうけど、うまくリードしてくれて嬉しかった。
もう年下だから、どうこうとか考えるのは止めよう。京極はそう思った。素直に幸せに浸ろうと思った。眞陽を愛したいし、眞陽に愛されたいと思った。
そんな事を考えていると、眞陽がいつの間にか戻ってきていた。
「さ、寝よう」と、眞陽がベッドに入ってくる。
「……あの……」
「一緒に寝たいんでしょ?ちょっと狭いけど早く入って、京極さん」
まさか一緒のベッドだとは思っていなかった京極は、固まってしまった。
眞陽がポンポン、とベッドを叩く。
「……うん」と、京極はまた恥ずかしそうにベッドに入り、そのまま眞陽に抱かれるように横になった。
ともだちにシェアしよう!

