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第6章 ときめく『心』と、痛む『心』

 目を閉じてもドキドキが止まらず、京極はすぐに眠れなかった。自分の腰に置かれている眞陽の手のぬくもりが、更に心を騒がしく高鳴らせた。  いつも愛想が良く笑顔で接客する眞陽をとても魅力的に感じていたが、多分素であろう『俺』と名乗る眞陽がいつもより大人びて見えて、それにもまた京極はときめきを感じていた。 『大事にするから』  眞陽がさり気なく言った、その言葉が京極の心を更にときめかせた。  そっと目を開ける。眠っている眞陽の顔が目の前にある。いつもなら、かわいいと思うところが、今は素敵と思ってしまう。   『いつかは抱かれたい……眞陽に抱かれたい』  そう強く思う京極であった。  再び目を閉じると、さほど時間がかからず京極は眠りに落ちた。とても安らかに眠った。  ◇◆◇◆  どれくらい時間が経ったのであろうか。眞陽はゆっくり目を開けると、眠りに落ちている京極に、ホッと胸をなでおろした。  京極が何もしてこなかった事に、また拍子抜けしたが、極度の緊張から解放されて小さな溜息をついた。  やはり京極の一連の動向が、眞陽が思っていた人物像から、ぐんとかけ離れて行ってしまったのも事実であった。 『本当に姉を死に追いやったのは、この人なのだろうか?』  そう疑念が募る一方だった。  自分が目撃した姉の言動と、佐藤桃子の証言も嘘ではない。でも、それと京極が、全く結びつかないのである。しまいには復讐相手の京極に、恋心を抱いてしまっていた。  目の前にある京極の寝顔。あんなに憎く思っていたのに、今は愛おしく、そして強く抱きしめたい衝動を抑えるのに必死だった。  復讐したい思いと愛したい想いがぶつかり合って、眞陽はとても心が痛かった。そして、抑えきれず京極の額にキスをした。  ◇◆◇◆  ふと目を開けると、もう太陽が昇っていた。京極は慌てて時間を確認しようとしたが、今日は土曜日と気付くとホッとしてゆっくり起き上がった。  眞陽はまだ眠っていた。幼く見えて、やはりかわいいと京極は思い、少しにやけてしまった。  時刻は8時――  まだ間に合うだろうと、京極は朝食を用意してくれるようにフロントに頼んだ。そして、コーヒーサーバーでコーヒーを淹れた。  眠っている眞陽が見える位置に椅子を移動し、腰を掛けてコーヒーを飲む。いつの日か、こうして毎朝眞陽と朝を迎えられる日が来るだろうか。そう京極は淡い期待を抱いていた。今とても幸せで堪らなかった。  だが、ふと母親の存在が頭をよぎった。  『母は僕の為に自分の幸せを犠牲にしてきてくれた』  それが邪魔をする。一瞬で現実に引き戻される京極であった。恋をするのはいいだろう。でも、それ以上は自分にはやっぱり無理なのかな、と京極はどうしてもそう思ってしまう。  というか、始まったのかもはっきりしない眞陽との関係に、勝手に二人の将来の事を期待している自分が恥ずかしくなった。  暫くすると朝食が届き、京極はベッドに近づき、そっと眞陽を優しく起こした。 「眞陽君、朝だよ。起きて。朝食だよ」 「……んー……」  まだ眠っていたい眞陽は、なかなか起き上がれないでいた。それもまた愛おしいと京極は思った。 「起きて、眞陽君」  何度目かで眞陽はやっと起きた。 「……おあよう……ごじゃます……」と、寝ぼけまなこの眞陽。  そんな姿がおかしくて、京極は下を向いて噴き出してしまった。 「ほら、一緒に朝食を食べよう」  そう言うと、眞陽を起こして、手を引いて座らせた。 「眞陽君、朝は苦手?」 「……はい、すげぇ苦手……」 「腹減ってない?」 「……いや、食います」  そう言うと眞陽は眠たそうな顔をして、もそもそと食べ始めた。 「うみゃい……こんな美味い朝飯、食った事にゃいです……」 「そうなの?」と、京極は返事しながら、笑いを堪えるのに必死だった。  チェックアウトの時間が迫る頃には、いつもの眞陽に戻っているようだった。 「寝起き悪くて、すいません」と、申し訳なさそうに言う眞陽。 「そんな事ないよ。かわいかった」と、京極は眞陽の手にそっと自分の手を置いた。  その手を眞陽が握る。見つめ合った二人は、少しだけ深いキスをした。  ◇◆◇◆  これ以上キスを続けると、自制が効かなくなると思い、 「キスだけは、もう期限切れ?今日も泊まって、この続きする?」と、眞陽は言った。  京極は、はにかみながら首を振って、 「ううん、もう帰るよ。一緒に出る?」と、言った。 「僕はもう少しゆっくりしようかな。京極さんも、そうしない?」 「いや、もう行くよ。ただ……連絡先は交換したいかな」 「そうだね、交換しないとね」  眞陽はそう言うと、スマホを回収するのを忘れていたことに気付いた。 『やばい、この位置だとバレる』  咄嗟に、スマホを探すふりをして、京極にも探してくれるよう頼み、京極が背中を向けた瞬間に回収した。 「京極さん、あったよ。ごめん、俺だらしないよね」と、胡麻化した。  連絡先を交換すると、じゃぁまたねと、軽くキスをして別れた。  京極が時間を少し気にしている風だったので、何か用でもあるのかなと眞陽は少し気になった。  一晩中録画モードにしていたせいか、スマホの充電がもうすぐ切れそうだった。カバンからモバイルバッテリーを取り出し、充電をする。  録画の内容を確認すると、薄暗いながらも二人が一緒にベッドに入り、そして先程のキスもばっちりと録画されていた。  「こんなの証拠にも、弱みにもなるもんか……」と、眞陽は呟いた。  同性愛なんて、今時珍しくもない。京極を陥れるなら、もっとセンシティブな内容じゃないと駄目だ。  そうは思ったものの、今の眞陽はこれ以上、京極を陥れるような事は出来そうになかった。あんなに憎かったのに、憎くて憎くて仕方がなかったのに、今は好きで好きで堪らなかった。 「姉ちゃん、俺、どうしたらいい?」  眞陽はそう呟くと、涙が溢れてきた。カバンから眞の手帳を取り出し、若かりし頃の京極の写真を見つめた。  姉はどうして京極を憎んでいたのだろうか。  京極は姉にどうしてあんな酷い事をしたのだろうか。  これ以上自分では答えを見つけることが出来ないことと、京極を陥れることもできないことを悟った眞陽は、もう京極本人に問いただす事しか出来ないのかもしれないと悟りつつあった。

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