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第10章 重なり合う二人の『想い』
「常務、こちらのサマーセーターはどうでしょうか?」
オフィスから出る直前、秘書の花輪が淡いグレーのサマーセーターを持ってきた。そういえば、オフィスに何着かそういう服が置いてあったのを、京極は思い出した。
これも全て秘書の花輪のお陰である。
「常務はどうしても堅く見られがちですし、オフィス内ではジャケットをお脱ぎになって、もう少し楽な格好でもよろしいかと」と。
それが何着か彼女に見繕ってもらったうちの一つである。
京極は着替えると、
「いつもありがとう」と、花輪に声を掛け、足早にエレベーターに乗り込んだのだ。
『ファイトです!』と、花輪は心の中で京極にエールを送っていた。
『ダメなのか……』
京極は少し肩を落としながら、ビルを出た。これでも自分は悩んだ方なんだ、と京極は思っていた。
昨晩、会社で私服に着替えてから向かうべきだろうか?お泊りセットは必要だろうか?
結局何も決まらぬままの今である。
恋愛童貞という現実が、京極を今更後悔させていた。そして、また今日も考えすぎてしまう。
ビルを出た京極は車に乗り込むと、時計を見た。このまま行くと約束の時間までには十分間に合う。そう思うと一つ深呼吸をして車を発進させた。
◇◆◇◆
クローズ作業をしていた眞陽は、いつになく作業が早かった。この後、京極が自宅に来るのである。できれば少し早めにマンションに戻りたい。そう思っていたからだ。
「今日、これから予定でもあるの?」と、それを見ていた一ノ宮が声を掛けてきた。
「はい、これからお家デートなんで」と、作業をしながら眞陽は答えた。
「おや、だったらもう上がっていいよ」と、売上金の確認をしていた一ノ宮が一旦手を止めた。
「でも、もう少しで終わりますから」
「だからもう上がっていいよ。そうだ、お家デートなら、冷蔵庫に入っている、今日売れ残ってしまったレアチーズケーキ二つ持って行きなさい」
一ノ宮はそういうと、冷蔵庫からレアチーズケーキを取り出して、容器に入れた。
「はい、お家デート楽しんで」
ニコニコの一ノ宮である。
「えぇっと……」
眞陽は、急いで身支度を済ませると、
「ありがとうございます」と、一ノ宮に頭を下げて、ケーキを持ってビルを出た。
「あぁ、あれじゃケーキ崩れちゃうよ」と、一ノ宮はボソッと呟いた。
ビルを出た眞陽は、少し浮き立つ思いで自宅マンションへ向かっていた。足取りもとても軽い。いつも通勤では電車を使うのだが、今日はケーキを持っているということもあり、タクシーを捕まえた。
タクシーに乗り込むと、脇にケーキ箱を置いて一息つく。
今日がどういう日になるのか、よく分かっているはずなのに、京極と自宅で過ごせるという現実に心を躍らせている気持ちの方が大きかった。
『もう、どうにも誤魔化せない。俺はあの人を愛してる』
眞陽は、スマホを取り出し、デリバリーサービスのアプリで、今夜はどんな食事を二人で楽しもうか、と調べていた。
自宅に着くと、眞陽はケーキ箱を冷蔵庫へ入れた。ガランとした冷蔵庫の中。飲み物くらいは買ってくるか、とまたマンションを出て、近くのコンビニに向かった。
カゴにドリンク類を入れていく。つまみ類も入れて、スナック菓子も。そして、立ち止まった。
「いるかな……いらないかも……でも万が一、ってこともあるし……」
下着類やコンドームが置いている棚である。京極が泊まると想定して、今自宅に新品の下着はない。
「いる」
そう言うと、無難なブラックのボクサータイプの下着をカゴに入れた。
ゴムは多分ある。けど、二人分と考える、もしかしたら……
「いる」
眞陽はサッとコンドームをカゴに入れた。
◇◆◇◆
「やっぱり少し混むか」
京極はそう呟くと、時計を見た。でもまだ十分に間に合う。
金曜日の丁度定時頃である。帰宅ラッシュには少し早いが、車が渋滞し始めていた。
京極は歩道を歩く人の足並みが、普段より軽やかだなと感じていた。自分の心もそうである。いつもより軽やかである。
反対車線の方へ目を向けると、小さな可愛らしい洋菓子店が目に留まった。
『眞陽君は、甘いもの嫌いかな?』と思っていたが、すでにコインパーキングを探していた。
店に入ると、照明の具合のせいなのか、ショーケースに並べられたケーキ達が、きらきらと輝いて見えた。どれも美味しそうで、京極は選びきれず、店員におススメを聞いてみた。
「ブルーベリーのレアチーズケーキがおすすめですよ。甘すぎませんし、さっぱりとした口当たりです」
「では、これを二つ」
会計を済ませると、京極は車に戻ろうとしたがマップを見ると、眞陽のマンションまで徒歩十分圏内の場所に居た。時間もちょうどいいし、ここからは歩いて向かおう。京極は足取りも軽やかに、眞陽の元へ向かった。
眞陽のマンション前に着くと、予想していたよりずっと立派なマンションだったので、京極は思わず見上げてしまった。
エントランスのインターホンに部屋番号を入力する。
しばらくすると、
「はい、あっ、えっ、京極さん!」と眞陽が驚いた様子で出た。
キョトンとする京極。
「えっと、今日で会ってるよね、約束の日」
「いや、違う、今開けるから待っててね」
エントランスのドアが開いた。キョトンとしたまま、京極は中に入りエレベーターに乗った。
玄関先でまたインターホンを押すと、すぐ眞陽が出て来てくれた。
「どうぞ上がって。さっきはごめんね。イタリアンの店に宅配頼んだから、それが届いたと思ったんだよ。そしたら京極さんだったから、びっくりしちゃった」と、眞陽はそう言いながら、リビングへ繋がるドアを開けながら言った。
「お邪魔します」
京極はそう言うと、靴をそろえて部屋に上がった。『なんだ、そうだったのか』と、ほっとしていたが、でも心臓はバクバクと音を立てている。
「眞陽君、これ」と、京極は先程買ったケーキ箱を差し出した。
「えっ」と、眞陽はまた驚いた顔をする。
「甘いもの、苦手だったかな?」
すると眞陽がキッチンの方へ向かい、京極に手招きをする。
京極は、素直にそちらの方へ向かうと、眞陽が冷蔵庫を開けた。京極は冷蔵庫の中を見ると、
「俺もケーキ用意しちゃったんだよね」と、眞陽が照れくさそうに言った。
そのケーキ箱の横に、京極も自分が買ってきたケーキ箱を置く。
二人で顔を見合わせ噴き出す。
「もしかして、この冷蔵庫。今ケーキが占めてるよね」と、眞陽は笑いながら言った。
「そうだね、食べきれないね」と、京極も微笑みながら言った。
すると、インターホンのチャイムが鳴った。
眞陽がインターホンの画面を見る。
「あっ、届いたみたい。京極さんは、リビングで待ってて」と、言うと玄関へ向かった。
「うん」
京極は小さく返事をすると、そうっとリビングへ入り、辺りを見渡した。想像の上を行く、何もない部屋だった。家具はソファーとテーブルだけ。ラグマットが敷かれているのが、まだ救いか……
そうこうしていると、眞陽が戻って来た。
「京極さん、座っててよ」
そう言いながら、眞陽はデリバリーをテーブルに並べていく。
「京極さんの好み聞かないで決めちゃってごめんね」と、眞陽は言った。
「いや、いいんだ。何か手伝おうか?」
京極は少し手持ち無沙汰で、そう言った。
「今日は、京極さんはお客さんなんだから、座ってて」
眞陽はそう言うと、京極の手をそっと掴んでソファーに座らせた。
「お皿持ってくるね」と、眞陽は言うとキッチンへ。
その様子を見ていた京極は、今まで感じた事のない高揚感でいっぱいになっていた。
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