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第12章 想定外の『来訪者』
「じゃ、今日はありがとう。帰ったらメッセージ送るね」
京極はそう言って、車を走らせ去っていった。
『ありがとう……ってなんだよ』
眞陽は少し皮肉に受け取った。どう考えても、感謝されることなんて、一つもしていない。むしろ、傷付けた。多分、京極は悟ったに違いない、と眞陽は思っていた。きっとこの関係を疑い始めているに違いない、と。
あっという間に京極の車が見えなくなっても、眞陽はしばらくそこから動けなかった。京極の走り去ったテールランプの余韻を見ていた。
すると、
「桐生」と、声を掛けられた。
眞陽は突然のことで、驚いて振り返った。そこには、あの西塚がいた。大げさではなく、眞陽は一瞬にして背中が凍った。なぜ西塚がここにいるのか。どうして……その疑問だけが、頭を埋め尽くしていた。
「桐生……お前……」
そんな眞陽にはお構いなしに、西塚は話しかけてくる。
「何やってんだよ」と、西塚は険しい顔をして眞陽に言った。
「……な……な、何……って……」と、眞陽は振り絞るように返した。
「とにかくさ、お前の住んでるマンション、この辺りだろ?」
西塚はそう言うと、眞陽の背中を、ぽん、と軽く叩いた。
眞陽は、機械のように押された反動でそのままマンションの方へ歩き出した。
歩きながらも眞陽は思考が働かない。
どうして西塚がここにいるのか。そればかりに囚われて、何も考えることができなかった。
だが、『終わったかもしれない』とだけは頭に浮かんでいた。西塚のヤバさはよく理解している。キレたら手が付けられないほどになることも知っていた。でも、西塚の狙いが分からず、余計に眞陽を怯えさせた。特に京極が心配だった。京極だけは西塚から守らなくては、そう思った。
しばらく眞陽は頭の中が真っ白のまま歩いていたが、気が付いたらマンションの前に着いていた。
すると西塚は、
「桐生がいいなら、上がってもいいか?」と、聞いてきた。
『嫌に決まってる』
でも何故かその一言が出てこない。眞陽が黙っていると、
「用が済んだら、すぐ帰るからさ」と、西塚は言って、また眞陽の背中を軽く押した。
◇◆◇◆
西塚は遠慮なく、ずかずかとリビングルームへ入っていった。相変わらず遠慮がない奴だな、と眞陽は思った。
眞陽はリビングルームの入口付近で立ち止まり、西塚の様子を伺っていた。この頃にはだいぶ冷静さを取り戻していた。
「で、何の用だよ」と、ぶっきらぼうに言った。
それに振り返った西塚は、また遠慮なくソファーに座った。そして、
「お前さ、何やってんのよ」と、眞陽に問いかけた。
そう言われた眞陽は、それはこっちのセリフなんだが、と思っていたが、黙って西塚を睨んでいた。
そんな眞陽を見て、西塚は深い溜息をついて、眞陽から視線を落とした。がくり、と項垂れるように。そして、
「しっかりしろよ」と、真顔で眞陽に言った。
意味も分からず、だんだんと腹立たしくなってきた眞陽は、
「お前に言われる筋合いはない。用がないなら、さっさと帰ってくれ」と、怒鳴った。
そんな眞陽に怯むはずもなく、西塚は、
「いいからさ、桐生。一旦座れよ」と、促した。
「うるせえ、帰れってんだよ」
眞陽は一刻も早く西塚を追い出したくて、そう言いながら西塚の腕を掴もうとした。
すると、西塚は、
「お前はあの時のまま、何も変わってないな」と、言った。
「だからさ、お前何言ってんだよ。意味分かんねぇよ」と、眞陽の声はどんどん大きくなっていった。
「いいから、座れ!」
西塚は、眞陽を一蹴した。その目は不敵さも憎しみもなく、ただ心配の眼差しであった。
それに気付いた眞陽は息を呑んで怯み、また動けなくなった。
すると、西塚は話し始めた。
「驚かせたのは悪いと思ってるよ。この間偶然出会った件も、お前がバイトしているらしいカフェの件も」
◇◆◇◆
高校時代の西塚は、さんざん悪さをしたが、警察のお世話になるほどではなかった。やり直すにはまだ遅くないと、一浪の末に大学へ進学し、その後就職。今では二児の父親になろうとしていた。
愛する人のため、子供のためなら、どんなに仕事で辛いことがあっても頑張れた。
勤めている会社は、そこまで大きくはない会社だが、製品開発はここ最近優秀な方で、大手企業との提携もほぼ決まった。
その最後の打ち合わせのために出向いた大手企業に、ラフなスタイルの眞陽が居たもんで、西塚はとても驚いた。一瞬人違いかと思ったが、名前を呼ばれているのを聞いて、間違いないと分かったのだった。多少年月を重ねた顔つきをしていたが、あの頃のままの眞陽がそこに居たことに、驚きと違和感を感じていた。
だが、西塚にとって今は正念場だった。会社の将来を左右するようなプロジェクトが、動き出そうとしている。だから、すぐ頭の中は仕事のことにスイッチしていた。
契約締結が無事完了し、帰ろうとすると、眞陽もビルを出るところだった。
たまたま西塚が向かう方向に、眞陽も向かっていったので、そのままついて行くような形になった。
そして、眞陽のマンションを知った。
◇◆◇◆
「それで、お前に声かけたんだよ」と、西塚は言った。
眞陽は、色んな情報が頭の中でぶつかり合って、理解するのに時間がかかった。
西塚が、もうあの頃の西塚ではないのは、何となく分かった。よく思い出してみれば、偶然再開した時も、今と同じようにスーツ姿だった。
でも、だからといって、今ここにいる理由が分からない。不気味なのは変わらない。そう眞陽は思って、黙って視線を逸らさなかった。
◇◆◇◆
どう声を掛けていいか分からず、西塚は高校時代の時のように、わざと眞陽に声を掛けてみたのだった。
「桐生、俺だよ、俺。西塚。忘れた?」
「疲れてんだよ、俺。それに、今更関係ないだろ」
「随分じゃんかよ。偶然見掛けたから、声掛けただけだろうがよ」
「悪いけど、俺はもうお前に用はねぇ」
もうこれだけで西塚は、眞陽が自分を避けているのが容易に分かった。自分があの頃のままだと思っているのだろう、と。
声の掛け方に失敗したな、と西塚はその時思っていた。もう少し自然に、今の自分で声を掛ければよかったと。それに、避けられて仕方がないと西塚は感じていた。高校時代の自分は、わざと悪ぶろうとしている眞陽には刺激が強すぎていたのだ。
とっくに更生して、恥ずかしくない人間になったのを、眞陽に知ってもらうべきだった、と。
だが、また、たまたまビルの前を通ると、眞陽がカフェで働いている姿を見かけたので、思わず立ち止まって見てしまったのだった。多分、バイトとして働いているのであろう眞陽を見て、少し心配になったのだ。
不安定な生活を送っているのではないか?
まだご両親と仲違いしたままなのだろうか?
それと、あの事件のことを引きずったまま生きているのだろうか?
信じてもらえないかもしれないが、西塚にとっては、眞陽のことは偶然が重なって最近よく出くわすことがあっただけで、何の企みもなかった。心配は心配だが、元気で生活しているなら、良しとしよう。そう考えて、眞陽とはもう関わらないと決めていた。
でも、先程また偶然見てしまった。
契約締結した企業の常務とキスしているところを。
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