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第14章 終わらせるための『覚悟』
「何でって……」
西塚はどこから話したらいいものか、と戸惑った。
すると眞陽が、
「お前とは高校から知り合ったんだ。それに俺は誰にもプライベートなことは絶対に言っていない」と、少し落ち着きを取り戻したかのようなトーンだったが、声はまだ震えていた。
腕を組み、間を置いた西塚は、少しずつ当時のことを話し始めた。
「俺とお前は学区は違ったけどさ、実は隣町に住んでたんだよ。だから、お前の姉さんのことは当時有名でさ。ガキだったけど、ニュースにもなってたし、だから少しだけ知ってたんだ……」
色んな過去が少しずつ戻ってきている眞陽にとって、西塚が話し出したことは、更に眞陽の記憶の扉を開く速度を早めているようだった。
年の離れた弟の自分を毎日可愛がってくれた姉が、ある日を境に部屋から出てこなくなった。眞陽が姉の部屋へ入ろうとすると、母親がそれを止めた。
「眞はちょっと具合が悪いから、そっとしておかないとダメよ」
部屋から遠ざけるように言った母親とのやり取りを、眞陽は思い出していた。そして、かすかに聞こえた、すすり泣く声も……
「偶然さ、桐生が同じ高校だって知ってさ。何となく声かけたら、普通につるんでくるようになったからさ……」
その頃は眞陽にとって、全てが荒れ果てていた。眞陽本人もそうだが、毎晩怒鳴り合う両親のせいで、荒む心に拍車をかけた。両親の諍いは、中学生になる頃には当たり前になっていた。
『姉ちゃんは……その時はもう居なかったな……』
リビングには、姉の微笑んだ美しい遺影が飾られているのが、当たり前になっていた。変わらず美しく、そして優しい微笑みを浮かべている姉。
だけど、その体も魂も居なくなってしまった。その現実が、平穏だった家族を歪めていった。姉が居なくなったせいで、そんなことを考える自分にも腹がたった。大好きだった姉のせいで、家族がバラバラになっていく現実が悲しく、そして恐ろしかった。
それを思い出した眞陽は、また涙が溢れてしまいそうで、必死に堪えた。
封印していた過去と対峙していることなんて、知る由もない西塚は、お構いなしに話題を変えていく。
「なぁ、まともに生活しようとは思わないのか?まさか、京極常務に養ってもらってるとか言うなよ」
現実に引き戻された眞陽は、軽く鼻をすすると、
「そんな……そんなことしてもらってねえよ……」と、なるべくいつもの調子を装うようにして、西塚を否定した。
「じゃあさ、なんでお前みたいなフリーターに京極常務が?どう考えてもありえないんだが」
「……あの人は……その……純粋な人だよ……」
否定されたのが悔しかったわけでも腹が立ったわけでもない。ただ、眞陽は京極に近づいた自分の不穏さと、矛盾する今の京極への想いを誤魔化すように言うしか出来なかった。
だが、
「はっきり言うけど、身を引けよ」と、西塚は追い打ちをかけるように現実を突きつけた。
「どういう意味だよ」
そうは言ったものの、眞陽だって、そんなことはよく分かっていることだった。
自分が京極の足かせになるのは、分かっていた。あの人が否定しようとも、これが世間に知れたら……
あの西塚がまともなことを言っていることに、眞陽は少しおかしくなった。キレたらヤバかったあいつが、今は俺よりまともなことしか言わなくなっている。おかしくて、そして凄く自分が惨めに感じた。本当に自分の時が止まっていることを突きつけられて、惨めだった。この十年あまり、どうやって生きてきたのか……それを思い出したくても断片的にしか思い出せない。嫌なことは記憶の片隅に追いやるということが、すっかり上手になっていた。
そんなふうに動揺している眞陽に、西塚は淡々と言葉の刃を振り下ろしていった。
「分かるだろ。大企業のお偉いさんだぞ。経済誌とか、メディアにも出る人だ。ちょっとしたスキャンダルが命取りだって普通分かるだろ。愛や恋やと綺麗事抜かすなってんだよ」
京極の立場なんて考えたこともなかったのは事実だった。眞陽は、西塚がそんなに二人の関係を否定することに違和感を持ってはいたが、すぐには言い返せないでいた。
でも、京極に近づいた理由……それは、はっきりと思い出した。京極の人生をめちゃくちゃにしてやること……姉を追い詰めたのは京極かも知れないという疑念。これをはっきりさせない限り、眞陽は京極から身を引くことは出来ないと、改めて強く思った。
「俺もあの人もいい大人なんだ。ほっといてくれよ……」
本来の目的をしっかりと思い出した眞陽に、ブレていた気持ちが修正されていく。これさえはっきりすれば、自分は前に進める。どんな事実であっても、前に進める。そう思いたかった。そう思わないと、自分はずっとあの時の微笑む遺影から逃れられないと感じていた。
何かまだ言いたげな西塚だったが、時刻を見て、ハッとした表情になった。
「やっべ、余計なおせっかいのせいで、嫁に怒られる。下の子、やっとハイハイするようになってさ、ワンオペは大変だから、最近残業しないで帰ってるんだよ、俺」
そう言いながら、慌てて玄関へ向かう西塚。
「まぁさ、桐生もさ、しっかり地に足つけて生きろよ」
そう言い終わる前に、西塚はマンションから出ていった。
「何だったんだよ……」と、眞陽は思わず呟くぐらい、西塚は眞陽の感情をぐちゃぐちゃに引っ掻き回して去っていった。
ここ最近の心の不穏の原因でもあったのに、現実はあっけないくらいにどうでもいい理由だった。
「……悪いことしたな」
西塚を感情のままに殴ってしまったことに、眞陽は少し罪悪感を感じていた。でも、気にもとめないあいつも相変わらずだ、とも思った。またいつか見かけることがあったら、その時気が向いたら謝ればいい。なんて、眞陽は都合よく思うことにした。
スマホを見ると、とっくに京極からメッセージが届いていた。
『ただいま、眞陽君。今シャワー浴びて、落ち着いたところだよ。眞陽君は、今何してる?』
眞陽の知っている、穏やかで優しくて可愛い京極の気持ちが込められたメッセージだった。
だが、今の眞陽には、それもただの嘘に見えてくる。
本当の京極とは……
あの穏やかな表情に隠している、本来の姿は……
すっかり遠回りしてしまったな、と眞陽は苦笑いした。もう、ケリを付けなければ。その先のことは、それから考えればいい。もう、このぬかるみから抜け出す覚悟をしなければ……
眞陽はそっとスマホを置いた。
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