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■5 勇者一行、来村
嫌な予感というものは、だいたい当たる。
翌朝。
村の門前には、見たこともないほど人が集まっていた。
召喚祭より騒がしい。
子どもは走り回り、大人は着飾り、年寄りまで背伸びしている。
「勇者様が来るぞ!」
「本物だ!」
「魔王軍を三度退けた英雄だってよ!」
「すげぇ……!」
俺はその喧騒の中で、やけに静かな隣を見た。
カオルは胸の前で手を組み、緊張したように門を見つめていた。
「……そんなに楽しみか?」
「え?」
「いや、なんか朝からそわそわしてるし」
少し意地悪く聞くと、カオルは慌てて首を振る。
「ち、違います。楽しみというより……その……」
「その?」
「やっと、お役に立てるかもしれないと……」
笑えなかった。
カオルにとって勇者は、“物語のスタート地点”だ。
魔王を倒すために選ばれた存在。
ヒーラーである自分が仕えるべき相手。
それは、分かっている。
分かっているのに。
胸の奥が、妙にざらついた。
「……ふーん」
「レン?」
「なんでもねえよ」
拗ねた子どもみたいな返事になってしまった。
くそ。
情けない。
****
門が開く。
黄金の装飾を施された馬車がゆっくりと入ってくる。
先頭には白馬。
その上に立つように乗っていた男が、片手を上げた。
歓声が爆発する。
「勇者タクト様ー!!」
タクト。
こいつも、カオルと同じ召喚者。
年は俺たちより少し上だろう。
整った顔立ちに、よく磨かれた金髪。
だが笑い方が気に入らない。
自分が一番偉いと信じて疑わない顔だ。
その後ろには、鋭い目の女騎士。
妖艶な雰囲気の女魔法使い。
こいつらも召喚者なのだろう。
どいつもこいつも、鼻につくほど堂々としていた。
結局、世界を動かすのは召喚者。
気にくわねぇ。
が、受容れるより仕方ない。
「ふん。田舎にしては歓迎がマシだな」
タクトが馬から降り、周囲を見渡す。
その視線が、ぴたりと止まった。
法衣姿の人物。
「……ほう……あれか? 召喚されたヒーラーというのは?」
口元がゆるむ。
「ふふ、これは上玉だな」
舌なめずり。
ぞわ、と背筋が冷えた。
カオルは気づかず、一歩前へ出る。
「勇者様。私は神託により召喚された治癒の使徒――」
「待て」
タクトは近づき、カオルの顎へ手を伸ばした。
「顔を上げろ。ふふ、これはなかなか美しい。旅も退屈せず済みそうだ」
その手が触れる寸前、カオルがびくっと身を引く。
「……あの」
「なんだ、恥じらっているのか? ん?そうか、お前も抱かれるのを楽しみにしていたって訳か、ふふっ」
にやつく顔。
俺のこめかみがぴくりと動いた。
その時だった。
司祭が慌てて言う。
「ゆ、勇者様!この方こそ、召喚されたヒーラー様……ただ、その、男性でして……」
空気が止まった。
タクトの笑みが、一瞬で消える。
「……は?男?」
タクトがカオルを凝視する。
さっきまでの熱は、汚物を見るような目に変えた。
「気色悪い冗談だな……男? ヒーラーで? マジかよ」
村人たちがざわつく。
カオルの肩が、小さく震えた。
「お、男でも……私は回復術を――」
「黙れ」
低い声だった。
「男のくせに勇者に抱かれたいだと? その顔で俺を騙して誘おうとしたのか?」
「ち、違……」
「汚らわしい」
カオルの唇が、かすかに震える。
俺の中で、何かが切れかけた。
****
「勇者様には、女の癒やし手が必要」
女魔法使いが口元を隠して笑う。
「男のヒーラーなど前代未聞ですわ」
女騎士も鼻で笑った。
「勇者様をお慰めも出来ず、その上、未覚醒のヒーラー。何のお役にも立てない足手まといでしょう。勇者様の旅に連れて行く価値もありません」
「ち、違います……!」
カオルが必死に前へ出る。
「私は、治癒術も補助術も学んで……魔力適性も――」
震える手で光を灯す。
淡い治癒の光。
努力してきた証だ。
なのにタクトは、鼻で笑った。
「そんな豆火で何ができる」
「……っ」
「役立たずの男ヒーラーなど邪魔だ」
言葉が、刃みたいに突き刺さる。
カオルは何か言おうとして、言葉にならず俯いた。
長いまつ毛の下で、雫が光る。
泣くな。
泣くなよ。
昨日、星空の下で笑っていたのに。
気づけば、俺は前に出ていた。
「……おい」
タクトがこちらを見る。
「なんだ、村人」
「その言葉、取り消せ」
ざわざわ、と空気が揺れる。
村人たちが息を呑む。
カオルが顔を上げた。
「れ、レン……!」
タクトは数秒黙ったあと、声を上げて笑った。
「ははははっ!なんだお前」
「聞こえなかったか?」
俺は一歩進む。
「そいつに謝れって言ってんだよ」
女騎士が剣へ手をかける。
女魔法使いが呆れたように肩をすくめる。
だがタクトは手で制した。
面白がっている顔だった。
「モブ風情が、俺に?」
「モブで悪いか」
「悪いな」
タクトは俺の胸を指で小突いた。
「格が違う」
「そうかもな」
俺はその手を払いのける。
「でも、お前よりマシだ」
空気が凍った。
「レン、やめて……!」
カオルが袖を掴む。
震えていた。
怖いに決まってる。
相手は勇者。
世界の主役。
でも。
俺はその細い手に、自分の手を重ねた。
「大丈夫だ」
「でも……」
「今度は、俺が守る」
カオルの瞳が大きく揺れた。
泣きそうな顔のまま、俺を見る。
そんな顔されたら、もう引けるわけがない。
タクトが笑う。
「気に入った。余興にしては上出来だ」
剣を抜き、地面へ突き立てた。
「決闘だ、村人! なんとも、俺の強さを知らしめるよい機会よ。この男が喜んで犠牲になってくれるとは。くくくっ」
歓声と悲鳴が同時に上がる。
「ただし、対等というのは俺のプライドが許さない……そうだ、俺は、魔法は禁止。片手のみ。木剣で相手してやる。これでどうだ?ふふっ、はははは」
完全に舐めている。
それでも周囲は俺の負けを確信していた。
「レン……!」
カオルの声が震える。
俺は振り返り、できるだけ軽く笑った。
「そんな顔すんな」
「……っ」
「勝って戻る」
強がりだった。
でも、嘘にはしたくなかった。
****
村の広場に即席の決闘場が作られる。
中央に立つ勇者タクト。
その向かいに、ただの村人レン。
誰が見ても茶番だった。
けれど。
端で見守るカオルだけは、祈るように両手を組んでいた。
その姿を見た瞬間。
俺は負けられないと、本気で思った。
開始の鐘が鳴る。
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