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■6 モブ、勇者に喧嘩を売る

鐘の音が、村の広場に重く響いた。 乾いた金属音が一度。 それだけで空気が変わる。 祭りの熱気は消え、残ったのは期待と嘲笑と、少しの興奮だった。 「始まるぞ……!」 「勇者様が直接相手してくださるなんて光栄だが……どれだけもつか」 「三秒持てば上出来だろ」 「いや、一撃だ」 好き勝手言いやがる。 俺は木剣を肩に担ぎ、深く息を吐いた。 向かいではタクトが片手で剣をもてあそびながら笑っている。 「逃げるなら今だぞ、レンとやら」 「優しいな」 「命乞いくらいなら聞いてやる。そうすれば、苦しまないよう楽にぶちのめしてやる」 「じゃあ一つ頼む」 「ほう?」 「その気色悪い顔、見えねえ位置まで下がってくれ」 一瞬、静寂。 次の瞬間、広場がどっと沸いた。 「言った!言いやがった!」 「レン、お前死ぬぞ!」 タクトのこめかみがぴくりと動く。 ああ、いい気味だ。 **** 観客席の端。 カオルは両手を胸の前で握りしめ、青い顔でこちらを見ていた。 「レン……」 その声は小さくても、俺にはちゃんと届く。 だから俺は、そっちを見て笑った。 いつもの、軽い笑顔で。 安心しろって意味を込めて。 カオルの瞳が揺れ、唇がきゅっと結ばれる。 泣くな。 まだ泣く場面じゃない。 「始めるぞ」 審判役の司祭が震える声で告げる。 「両者、位置につけ!」 俺は構える。 剣の腕は人並み以下。 力もない。 魔法も弱い。 知ってる。 誰より俺が知ってる。 でも――。 カオルを泣かせたこいつだけは、許せない。 「では――始め!」 次の瞬間。 地面がはじけ飛ぶ。 「っ!?」 タクトの姿が消える。 いや、速すぎて見えない。 気づいた時には目の前にいて、木剣が腹へめり込んでいた。 「がっ……!」 呼吸が全部抜ける。 身体が浮いた。 そのまま数歩吹き飛び、地面を転がる。 「レン!!」 カオルの悲鳴。 耳に焼きつく。 だが立つ。 痛みなんて、後だ。 「ほう」 タクトが笑う。 「一撃で終わると思ったが、丈夫だな」 「……褒めんなよ。照れるだろ」 「まだ口が利けるか」 次の瞬間、薙ぎ払い。 反射で木剣を合わせる。 重い。 片手だけでこの威力かよ。 腕が痺れ、そのまま剣ごと弾き飛ばされた。 「っ、くそ……!」 地面に転がる木剣。 観客が笑う。 「終わりだ!」 「やっぱり無理だろ!」 うるせえ。 まだだ。 駆け寄ろうとしたカオルを、女騎士が遮った。 「邪魔をするな」 「離して……!」 「勇者様の慈悲で遊んでいただいているのだ。大人しく見てろ」 遊び。 その言葉に、俺の中で何かが燃えた。 こっちは本気だ。 命も、誇りも、あいつの涙も背負って立ってる。 遊びで済ませてたまるか。 俺は転がった木剣を拾い、再び構える。 「レン、もう……!」 カオルの声が震える。 見なくても分かる。 泣きそうな顔してる。 「心配すんな」 「でも、血が……!」 頬を拭うと、たしかに赤かった。 「大した量じゃねえ」 「嘘です……!」 ばれたか。 でも、笑ってみせる。 カオルが泣きそうに唇を噛む。 ……その顔、やめろ。 もっと本気になるだろ。 タクトが退屈そうに肩を回した。 「そろそろ終わらせるか」 「まだ一発しか入ってねえぞ」 「次で終わる」 「予告ありがとよ」 タクトが踏み込む。 速い。 でも今度は、少し見えた。 右足始動。 肩が下がる。 視線が剣先へ落ちる。 来る。薙ぎ払い。 俺は半歩下がり、ぎりぎりでかわした。 「……!」 タクトの眉が動く。 初めてだ。 こいつが驚いた顔をした。 広場がざわつく。 「避けた……?」 「今、見切ったのか?」 「偶然だろ!」 偶然でもなんでもいい。 当たらなきゃ死なねえ。 「へえ」 タクトが口角を上げる。 「少しは楽しめそうだ」 「そりゃ光栄だ」 「だが所詮、少しだ」 連撃。 上段、突き、薙ぎ払い。 全部速い。全部重い。 だが、癖はある。 見る。 読む。 生き延びる。 その時、足元の小石を踏んで体勢が崩れた。 「しまっ――」 木剣が肩へ叩き込まれる。 激痛。 膝が落ちる。 「レン!!」 カオルの声。 苦しい。 視界が揺れる。 それでも顔を上げる。 目の前にいるのは、あいつを泣かせた男だ。 ここで倒れるわけにはいかない。 タクトが見下ろして笑う。 「その程度か、モブ」 「……モブで悪いかよ」 「主役にはなれん」 「別にいいさ」 血を吐きながら、俺は立ち上がる。 「俺は誰かの主役になれりゃ、それで十分だ」 視線の先。 カオルが息を呑んだ。 その頬を涙が伝う。 ……やっと笑わせたのに。 また泣かせてしまった。 だったら。 次は勝って泣かせる。 木剣を握り直す。 掌の皮は剥け、腕は痺れ、脚も重い。 でも心だけは、妙に静かだった。 ああ。やれる。 こいつには勝てる。 俺はゆっくりと口角を上げた。 「なあ、勇者様」 「なんだ」 「今から本気で喧嘩売るわ」 タクトの笑みが、初めて消えた。

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