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『これからの二人』
「だいくんは進路どうするの?」
放課後駅までの道を歩きながら、金森が珍しい話題を振ってきた。金森と話すようになってこんな話をしたことはない。
今日配られたプリントのせいか。
昨年もそうだったが、新学期が始まってすぐくらいに進路希望調査のプリントが配られる。一年の時はまだ漠然としている生徒も多いが、二年になると本格的に考えだす者も多いだろう。二年から理系文系に分かれるので、そのあたりの方向性は一年の時から考えなければならないのだが。
「俺は……」
文系より理系のほうが得意で選択は理系を選んだ。そして、この一年間考えてきたことは。
「陸上の強い大学のスポーツ推薦を狙ってる」
自分で言うのもなんだが、俺は陸上の才能があったらしい。
金森に憧れて始めた野球は中学まで頑張ったが、たいした成果は上げられなかった。足だけは速かったので高校から陸上部に転向したが、これが当たりだった。一年のうちから大会の選手に選ばれ、よい成績を収めることができた。部内でも期待されている。
金森は小さな声で「おおーっ」といい、パチパチと指先で小さく叩く。
「あんたはどうするんだ?」
金森はKANAMORIフーズの社長の長男で本当なら社長の後継者だ。しかし、彼は自らそこから外れた。金森が将来どうしたいのか、今さらながらに興味があった。
何か突拍子もないことを言ってくるのでは?
「うん、ボクは……」
曖昧な笑みを浮かべ、彼は何も答えなかった。
* *
「じゃあ、七星、また明日なー!」
「ななちゃん、バイバーイ!」
「大くん、メイさん、ありがとう」
今日は部活のない日だった。
金森は四人で帰ろうと意気込んでいたが、城河はバイトがあるためさっさと一人で帰っていった。昼休みが終わる時に、七星には教室で待っててくれるように言ってあった。
俺と金森は、七星がいつも乗っているバスに一緒に乗り、七星の家の前まで三人で話しながら歩いてきたのだ。
「カナ先輩さー」
七星の家の横の坂を下りながら、並んで歩いている金森に話しかける。
「や、もうそこは名前でもいいんじゃない? なんだかんだ呼ばないよね。たいてい『あんた』だもんねー」
(そこ、そんなに大事かねー)
俺はちっと舌打ちをしたが言い直した。
「明サンさー」
「なぁに? だいくん」
ご機嫌そうである。しかし、俺はこのご機嫌を損ねるかもしれないことをこれから言うのである。
「今日昼休みに言ったことアレ本気?」
「アレ、とは?」
「進路の話だよ」
数日前二人でした話題が今日の昼休みにまたのぼった。
進路希望調査のことだ。
二年になって同じクラスになったことで、七星と城河の距離が少し近づいたのか、今まで少し離れたところにいた城河も金森の隣に座るようになった。
「みんな、もう進路考えてる?」
と七星の問いがきっかけだった。
「俺は陸上の強い大学に行きたい。スポーツ推薦希望!」
初めに答えたのは俺で金森に言ったことと同じことを言った。
「わー大くん合ってるね! きっと行けるよ」
「七星っっ」
手放しに肯定してくれる七星の肩を俺はぎゅうっと抱いた。
次に答えたのは意外にも金森だった。
「じゃあボクはスポーツ医療を目指そうかな。んで、だいくんの身体のメンテをする」
うふふっと楽しそうに笑う。
(えっ? なんだって? この間はそんなこと言ってなかったよな?
)
「かる〜っ。そんなんで将来決めるなよぉ」
「アレって冗談だよな? その場のノリ的な?」
「違うよ」
突然声の調子が変わる。でも機嫌を損ねたというわけではないようだ。
ひどく真顔だ。
「オレ、本気だよ」
俺は眉根を寄せた。
金森の本気度が感じられたからだ。冗談だと言われれば、「だよな〜」と軽く返せるのに、俺はしばらく黙り込んだ。
急坂を下りきり、平らな道になる。
「あのさ、俺の身体のメンテしたいからってのも……」
「そうだよ。それが志望動機」
俺はますます眉を寄せる。
「この間は言ってなかったよな」
「そうだね。あの後考えた」
俺は何故か少し怒りを覚えた。
「自分の将来のことだろ。もっと真剣に考えろよ」
俺も昼間の時のように冗談っぽい言い方ではない。真剣に金森に訴えた。
金森は微笑んだ。
「真剣に考えたよ。あの後ずっと考えた――オレはさーだいくん」
金森は頭の後ろで両手を組み、空を仰いだ。
空は赤みを帯び始めている。
「今まで将来何になりたいかとか、そういう夢みたいなものは何もなかったんだ。会社を継ぐことだって、オレが決めたことじゃない。親が当然のことのように思っていたから、オレもそう思ってただけなんだ。だからさ、初めてなんだ、こんな『将来の夢』とかっての」
今度は腰の後ろに両手を組み、俺の顔を覗き込む。
「だいくんがオレを変えたんだよ?」
愛おしげに見つめられて、こんな人目のある場所なのに俺はどきどきしてしまった。
「だいくんはすごいなぁ〜。最初に、あ、オレ的に最初なんだけど」
そう、実際に最初に出会ったのは小学校の野球クラブだ。しかし、彼は今でもこの時のことは思い出せずにいるらしい。
「最初に出会った時は小さいのに威勢がよくておもしろい子だなぁ〜って思ったけど。こんな好きにさせられるなんて」
「わ、ちょっと待って」
今の言葉で急激に体温が上昇した。真っ赤になったであろう顔を俺は両掌で隠す。しかし、金森はやめない。
「そうだよ、誰かを『好き』だと想う気持ちを教えてくれたのもだいくんだし。だいくんはオレ自身を変えてくれたんだ。この一年間で、いや、意識しだしたのは夏からだから、半年か。たった半年でオレを変えた」
「それをいうなら!」
照れて照れて照れまくった俺はこれ以上言わせまいと、金森の言葉を遮った。
「俺のほうが先だ! あんたの影響で野球を始めたし、初恋だってあんただ! それに今だって、俺のほうがぜったい先に好きになってる! だってあんたは城河にだって夢中になってたんだろっ。俺が先じゃないじゃん」
俺はふんっと鼻を鳴らし、言ってやった感を出したが、よくよく考えたらかなり支離滅裂というか、金森と同じくらい恥ずかしいことを言っているような気がする。
(何言ってんだ、俺)
「夢中に……って」
はははっと金森は笑う。
「だいくんへの気持ちとはぜーんぜん違うよ」
そう言って肩を抱き寄せてくる。
「こんなふうに触れ合ったりとか、キスしたりとか」
ちゅっと耳元に触れる。
「オレが自分からそういうことをしたいのはだいくんだけだよ。高校の間だけじゃなく、ずっとずっと一緒にいたいの――『好き』だよ。そのために考えた進路だ」
甘く囁かれて俺はふるっと震えた。
本当はめちゃめちゃ嬉しいのに、肩を抱いている腕をぽーんっと振りほどいて、つっけんどんに言う。
「な、なんだ、それ。まるでプロポーズじゃん」
つんっと横を向いて歩く。
金森はしばらく黙って隣を歩いていた。
もうすぐ大通りに出る。そこを渡るといつも俺たちが乗っているバスの停留所があり、いつも二人で歩く田んぼの中の道がある。
「プロポーズにしちゃ色気ないとこで言っちゃったな」
ぼそっと零したのはもう数分経った後だった。
スルーされたのかと思っていたので、言うんじゃなかったと後悔していたところだ。
「オレがもっと大人になって、ちゃんと自分の道を歩んでいると思えるようになった時に、もう一度させてもらうよ。もっとロマンチックなところでね」
やっぱり金森はけっこう乙女だった。
「いや、いいよ、もう」
「え? なんで〜いいじゃん。真っ赤な薔薇の花束でも渡そうかなー」
「やめてくれー」
いつも通りの二人だった。
俺たちはまだ高校生で先のことはわからない。
でも金森とずっと歩んでいければいいと思っている。
高校卒業後、俺たちは同じ大学の別の学部に入学し、相変わらずのやりとりを続けたり、恋人同士の甘い時間を過ごしたりするわけだが、それはまた、そのうちということで。
そして、金森の言うところのロマンチックなプロポーズも……それも、また、いつかの話である。
おしまい♡
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