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『揺れる海月』
「おはよう、早いね」
俺たちがぎゃあぎゃあ騒いでいるところに、穏やかな風が。
「七星おはよー」
「ななちゃん、久しぶり〜」
「どうだったクラス?」
「七星〜クラス離れた〜」
そう言われて俺は七星に抱きついて、肩に顔を押しつけてぐりぐりする。七星はよしよしと俺の頭を撫でながら、
「大くーん。それ、分かってたことだよ。僕が文系で大くんは理系を選択したでしょ」
お母さんのような穏やかな口調で言った。
七星は一年前より強くなったような気がした。
(癒し〜〜)
七星が好きだった頃どきどきしながらこうやって抱きついていたけど、今は完全に俺の癒し対象だ。どきどきは別の人物に移行している。
「そうだけどさー」
「ボクがいるからいいじゃない〜〜」
間近で世にも軽い声がした。俺はその顔を見ずに手だけ伸ばして押しのけた。
(それがちょっと複雑な気持ちだって。あんたにはわからないだろうなー)
「カナ先輩はいらない〜七星がいい〜」
「だいくんつめたいっ」
いつものように言ってくるけどそれにはスルー。
(冷たいくらいでちょうどいいんだよっ)
『カナ先輩』ってさらっと言っているようにみえるかもしれないけど、俺はかなり頑張っているんだ。
別に名前で呼んでいるわけでもないし、呼び捨てしているわけでもないけど。慣れもあるし、今までの呼び方を変えるって周りからもなんで急に? 何かあった? みたいに考えるんじゃないかと思うと。
(なんか照れるっていうかっ)
ぜったい気づいているはずなのに七星は黙り込んでいる。しかし、その直後さらなる爆弾を投下した。
「なんか、二人とも可愛いのつけてる。ストラップ、海月かな?」
(なんだって!)
俺は七星の肩からザッと飛び退いて、金森のスクバに目を走らせる。確かにあの海月のストラップがぶら下がっている。
金森はけっこう可愛い物好きで、こんな顔してこんな風体で、スクバにもスマホにもいろいろ可愛い物をぶら下げているのだ。そのスクバに今は海月のストラップ一つだけになっていた。これはすぐに目がいくだろう。
そして、俺もだ。俺は元々は何もつけていなかった。そこへ金森がくれた海月のストラップが一つ。金森には「いやだよ」と言ったが、本当はけっこう嬉しかったのだ。
(なんで、さっき気づかなかったんだー、俺っ)
「え、あ、これはっ」
俺は頭の中で忙 しなく言い訳を考える。
「あ、ほんとだ。偶然だねー」ととぼけるか、一緒に行ったことは黙っていて金森から土産として貰ったことにするか。
(や、でも、俺にだけ土産って、それもなんだか)
「可愛いでしょー。この間水族館に行っ」
何も考えてないのか、それともわざとか、金森が暴露しようとするところを俺はヤツの口をバシンッと叩いて塞いだ。
「いたっ。だいくんひどいっ」
「うるさいっ」
(誰かこいつを黙らせろっ。俺と二人で行ったなんて、不自然すぎるだろーっ)
しかし、七星は見守るように、にこにこと笑っている。
「あ、二人で水族館行ったんだ?」
分かっている。七星には悪気はない。
が。
「行ってないっ」
ここは否定させてもらう。
それなのに。
「けっこう楽しかったよ〜今度四人で行こうか〜」
金森はそう締めくくった。
俺はう〜っと犬のように唸ったがそれ以上は言う気にもなれなかった。
七星の目が『なかよしだなー』といっているみたいだ。
しかし、それは友だち同士の域を出ていない、とは思っている。
七星は案外目ざとく、でも、鈍感だ。いや、純粋か。
いつかは俺たちのことを明かす日がくるかもしれないが、今はその時ではないのだ。
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