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『約束とお揃いと』
それぞれ軽食や飲み物を買って、同じ階にあるイルカショーの観覧席に移動した。売店のところにイルカショーの時間が書いてある立て看板を見かけ、ちょうどもうすぐ始まるところだというのが分かったからだ。イルカショーの観覧席で食べながら観ることにした。
親子、カップル、仲間同士。いろいろな組み合わせの人々がやはり同じように観覧席で食事をしている。売店で買ったもの、手作り弁当など様々だ。
俺たちも周りにあまり人のいない席を探して陣取った。
「遠足とか家族で来た時もイルカショー観ながら弁当食べたなぁ」
「そうなんだ。ボク、イルカショー観るの初めてだよぉ」
「……あ、そうなんだ」
たしか遠足の時は全員が同じ時間のイルカショーを観ながら弁当を食べることになっていたはずなのだ。やはり金森はあまり子どもの頃のことは覚えていないようだ。でも、もうツッコむのはやめよう。
食べ始めてしばらくして、イルカショーが始まった。
「かわい〜」とか「すごーい」とか、金森はしきりに拍手をしながら観ている。もう食べ物はなくなってしまったけど、最後まで観ることにした。
(は……っ、なんかめちゃめちゃ楽しいぞ)
もちろんイルカショーのことだけじゃない。金森とここまで一緒に水族館を巡ってきたすべてが楽しい。そうじんわりと感じられた。
夏休みもけっこういろいろ遊んだが、あの頃は自分の気持ちもあやふやだったし、疑問や不安やもやもやで心の底から楽しいとは思えなかった。
(今日はほんとに楽しい!)
自分も楽しいし、金森が楽しそうにしているのが嬉しい。
イルカショーが終わり、まだ見ていない場所を巡って水族館を出た。
金森がちょっと海に行ってみようよ、というので駐輪場にバイクを置いたまま海に向かった。敷地の近くにまるで、そのまま海へお行きなさい、とでも言いたげに砂浜に降りられる階段があるのだ。
少し暖かな春の午後。
あの冬の海よりは人影がある。やはり同じように水族館から出てきて誘われた人もいるかもしれない。
二人でこの前と同じように並んで砂浜を歩く。
「ねぇねぇ、だいくん。そろそろさ……」
妙にもじもじと口ごもる。
「ん? そろそろ、なに?」
立ち止まって金森を見上げると、白い頬に赤みが差していた。
(なに、一人で照れてるんだ、この人)
「ボクのこと、名前で呼んでくれてもいいんじゃ……」
「名前……」
(えー、この人、そんなことでもじもじしちゃってのー? いっがーい)
たしか……、と過去の記憶をたぐり寄せる。七星と金森が初めて話をした時、「メイさんて呼んで」とめちゃめちゃ圧をかけたんじゃなかったろうか。俺のことをなかなか名前で呼んでくれなかった七星をその一回だけで呼ばせたなんて、相当な圧だったのに違いない。
(それなのに、俺にはこんなに照れながら……)
そう思うと自分まで照れくさくなってくる。
「いいじゃん、金森先輩で」
「え〜だってさだってさ」
地団駄踏んだ後耳元で、
「だって、オレたち恋人同士になったんだし。もうちょっと親しげにしてもよくないか?」
俺の好きな低音で囁く。
(ぐはっ。どこでスイッチ入るんだ、この人)
どきどき心臓が煩い。
「じゃあ……明先輩?」
「や、だからさー、先輩いらなくない?」
さっきまでのもじもじはどこに行ってしまったのか。だんだんいつも通りになってくる。
「明さん? 明くん?」
俺は自棄になって呼んでみる。
「だから、『さん』とか『くん』とかいらないしっ」
「あんただって俺のこと『だいくん』っていうじゃん。俺だけ呼び捨てとか釣り合わないし!」
「そう? どうせ心の中じゃ『金森』って呼び捨てにしてるんじゃないの?」
(わ〜なんでバレてるんだ〜)
「そうなんでしょ〜、ねぇ……」
突然悪い顔になって、さっきよりもずっとずっと甘い声で囁いてくる。
「大地」
ぎゅーんと心臓を鷲掴みされてしまった。
「あ、ごめん、俺が無理だった」
(破壊力、やばっ)
近くにあった顔を押しのける。
「うん。じゃあ、だいくんのままで。……でもそのうちには」
などと妖しげなことを言っている。
「じゃあ、もう、明サンでいいな! そのうち頑張るからっ。あ、でも学校ではなしな。急に名前で呼んだら変に思われるだろ」
「え〜だったら『金森先輩』じゃなくて、もう一声!」
「分かった! じゃ、カナ先輩! これでいいか?!」
「あんまり変わらないような……仕方ないなぁ、それでいいよ。約束だよ」
「はいはい」
おざなりに返事をした。
(そんなに呼ばれ方って大事〜?)
そう思ったけど、自分も七星に対して同じことしていたと、今さらながらに反省した。
「あと」
(まだ何かあんのか?)
「こ・れ」
上着のポケットから何かを取り出してじゃーんと目の前にぶら下げる。
「海月」
俺は間抜けにも見たままのことを口にした。正確には海月のぶら下がったストラップである。そう、俺が売店で見ていた、アレだ。同じものが二つ、ゆらゆらと海風に揺れている。
「これが?」
「一つだいくん持っててよ」
「え? なんで?」
「お・そ・ろ・い」
金森が言いたいことは分かった。あの時俺も一瞬考えた。でも男二人でお揃いってどうなんだと思ってやめたのだ。
「え、やだよ」
「いいじゃん、つけなくてもいいから。持っててくれるだけで。恋人になってからの初デート記念」
今まで人を好きになったことがなかった、彼女がいたこともなかった、そんな金森は案外夢見る乙女だったのだと。
俺はこの時初めて知ったのだ。
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