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第21話

 絵画教室に行っても絵を描く気にはなれなかったから、しばらく休もうとしていた。しかし……。 「描かなくてもいいから教室には来て欲しいわ。色々手伝って欲しいのよ」  松岡小百合にそう言われて、しぶしぶ教室に通った。  美術展覧会は、地域の絵画教室も協賛する。  小百合もスタッフとして、応募された絵画を確認していた。その中に、サトが提出したものも見ていた。 「展覧会に出す絵、見たわよ」  サトはビクリとした。  別に悪い事をしたわけでもないのに、小さい子が悪さをしたのを見つかったような後ろめたさがあった。  おそるおそる小百合の顔を伺う。  小百合は、いつもと変わらない微笑みのままサトを見ている。 「絵が上手くなったと思った」 「あれは、サトくん自身?」  真っ直ぐに見られて、思わず目を伏せて「はい」とだけ返した。    絵画教室が終わって、片付けを手伝っている最中。  小百合は、生徒の絵をまとめ、サトは、パレットや筆を洗っていた。  洗い終わった道具を一緒に布で拭く。 「何があったのか話せる?」 「……」 「亮太君と喧嘩した?」  亮太という言葉に、サトの肩が、びくりとした。 「小さい頃から、サトくん見て来てるから……ここ最近のアナタの変化は感じてたんだけど、間違っていたらごめんなさい……」  言葉を選ぶようにゆくりと話を続ける。  ――サトくんが絵を描く最初のきっかけは、色が見えるということだったと思うけど、段々と絵を描く事が楽しくなっていると感じたの。アナタのスケッチブックに描かれている亮太くんを見た時は、生き生きしている絵にホント驚いた。絵を描き続けて欲しいなと思った。……なにか、嫌なことやショックなことがあっても、アナタの好きなものを書き続けて欲しい――。 「……描けないんです」  うつむいたまま言うサトに、小百合は続けた。 「サトくんの夢ってなに?」 「……わかりません」 「私はね……夢を諦めてたんだけど、教室で子供たちの絵をみているうちに、彼らの自由な発想や希望が私の力になった。欲しいと思ったものを思い続ける力が湧いたの……」 「……」 「いつまでも、希望はもったままでいて。どんな形になるかわからないけどその想いは形となるはずだから」 「先生は? ……希望が叶った?」  顔を上げたサトは疑うような怯えたような瞳でなげかける。その瞳を真っすぐ受け止めて「叶った」と言った。  そこに、生まれたばかりの小さな結晶が、ちりばめられていた。  透明の中にうっすらと輝く色が、見えた。  なにが? とか、どんな? とか色々聞きたかったけど、聞かなかった。  小百合の微笑みは、絵画教室に初めて通い始めて不安だった時にくれたものと同じで、安心感で胸がいっぱいになった。  胸につっかえていた何かが取れたようだった。 「先生、絵は描き続けたい。まだ、どうしたらいいかわからないんだけど……教室には来ます」

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