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第3話⭐︎
あの日のやりとりをきっかけにーー
図書室で彼と出会うたび、
彼に声をかけられるようになった。
「何読んでいるんだ?」
カウンター越しに僕の本を覗き込むように、
彼が少し身を屈める。
垂れた黒髪の隙間から、
柔らかな瞳が覗いていた。
「……小説」
作業の合間に開いていた本に手を置いて、答える。
そんな些細な会話から始まって、
勉強の話。
先生の話。
そして、時にはくだらない話。
初めは戸惑ったが、
近寄りがたいクールな印象とは違って
目の前の彼は、ずっとよく笑う人だった。
笑うと目尻がふっと下がって、
どこか可愛らしい。
僕みたいな人にも分け隔てなく接してくれて、
のんびりした僕のペースにも
自然に合わせてくれた。
一緒にいると、心地よかった。
ーーなのに。
時々、子どもみたいな一面を見せる。
本の戻し作業をしていると、
突然、後ろから僕の頬をつつかれる。
「……っ」
僕が驚いて振り返ると、
彼は少年のように楽しそうに笑った。
そんな、いたずら好きな一面もあった。
そんな彼を知るたびに、
最初に抱いていた印象は、
少しずつ変わっていった。
そして、もうひとつ意外だったのは――
これほど毎日のように女の子達から言い寄られているのに、
彼には交際経験がないらしい。
本当に好きな人と出会えた時に付き合いたいと彼は答えた。
「そういう君は?」
ある日、彼に訊かれた。
「ないよ。
あなたと違って、僕は誰かに言い寄られることもないし。
それに……僕の恋愛対象は、男だから。
怖いんだ。
相手に迷惑だと思われたら嫌だし」
「じゃあ、キスもまだ?」
「え?…うん」
そう答えると、
「ふぅん」
彼はなぜかご満悦そうな顔をした。
* * *
同じ学校
同じ学年
僕と彼には、
共通点は少ない。
強いて言えば、
犬か猫かと聞かれたら、
二人とも犬派だったことくらい。
ある日、
彼がスマホを僕に見せてきた。
そこには、一匹の小型犬が写っていた。
「可愛いね。
ビションフリーゼ?」
「ああ。
大事な家族だ」
彼は写真の中の犬を見つめながら、
穏やかに答えた。
「この犬……」
写真を眺めているうちに、
ふと、記憶の片隅にあった光景が蘇った。
「前に道で出会った子に、似てる」
「そうなのか?」
「うん。半年くらい前」
僕は記憶を辿るように話し始めた。
「家の近くで車同士の事故があったんだ。
そのとき、散歩中だった犬が、
飛んできた破片で怪我をして……。
出血もひどくて、
すごく可哀想だった。
飼い主さんと一緒に
急いで近くの動物病院へ運んだんだ」
飼い主の方は帽子とマスクで顔が隠れていて、
どんな人だったのかは、よく覚えていない。
ただ――
深々と頭を下げて、
誠実に感謝を伝えてくれたことだけは覚えている。
「……あの子も、元気にしているかな」
写真を眺めながら、
僕はぽつりと呟いた。
「君が助けたんだ。
きっと今頃、元気になって感謝してるよ」
そう彼は言って、
優しく笑った。
「そうだといいな。
ありがとう」
僕もつられて微笑んだ。
彼の温かさに触れるたびに――
少しずつ、彼との時間が好きになっていった。
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