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十二月の事故

 翌日、俺は玉砕覚悟の上で、先生に席替えを頼んでみた。  だって、新学期になって席替えをして、まだ二週間も経ってなかったしさ。  けど先生はあっさりと、俺たちの席替え……というより席移動を許してくれた。  朔弥は窓際一番後ろの席で、俺はその一つ前だ。  ほんのこれだけで、授業中の無駄な静電気騒動はおさまった。  班活動の時も、うっかり柵の中に手を突っ込みそうな奴がいれば俺が止めたし、その分、俺がうっかり先生の話を聞いてなかった時には、朔弥が助けてくれた。  行事が多い二学期の学習発表も音楽発表も静電気騒動を起こさずこなして、俺たち中々いいコンビなんじゃねーかな。なんて、ちょっと調子に乗っていた十二月、事件は起きた。  日直だった俺と朔弥は、全員分のノートを半分ずつ抱えて、職員室に向かっていた。  あの日は雨で廊下が湿っていて、職員室に続く階段はワックスがかけられたばっかりで、俺は親に何度言われても上履きの踵を踏んだまま歩いていた。  俺はもう後ちょっとだと思った階段を一番上まで駆け上がり、てっぺんで盛大に滑った。 「敬史くんっ!」  俺の背中が、走らず真面目に歩いて登ってきた朔弥に思い切りぶち当たる。かのように思えた次の瞬間、俺は勢いよく結界に弾かれて、手すりを乗り越え下の階まで一気に落ちた。  頭を強く打ったことは覚えてる。  頭って、意外と弾むんだな、と思った事も。  目が覚めた時、俺は病院で、たくさんの管に繋がれていた。  母さんが俺に抱きつくようにして、俺の意識が戻ったことを喜んでいた。  あれこれ質問されて、あれこれ説明されてるうちに、俺はベッドごと集中治療室とかいう窓のない部屋から、大部屋に移される。  部屋の外は明るくて昼間のようだったのに、日直の日は確か火曜だったのに、父さんまでもが私服姿のまま俺に付き添っていて、俺は随分と大変なことになってたらしい。と、俺はその時ようやく気づいた。  夕方に差し掛かる頃、学校帰りの朔弥が朔弥の母親と一緒に俺の病室に来た。  俺の母さんが廊下に出て、朔弥の母親と話してる間、俺は朔弥とカーテンの内側で二人きりになった。 「わざわざ来てくれたのかよ、なんか悪ぃな」  俺は言って、笑おうとしたけど、縫われた頭と頬の傷が引き攣って変な顔になってしまう。  朔弥は俺をじっと見つめながら、その大きな瞳に涙を浮かべた。 「ちょ、おい、泣くなって。学校でなんかあったのか? 俺、休んでてごめんな。まだすぐには退院できねーらしいんだけど、新学期には間に合うからさ」  俺は慌てて朔弥に謝る。  だってこんな、俺が泣かしたみたいじゃねーか。  俺は朔弥のこんな顔、知らない。  こんな、悲しくて辛くてたまらないみたいな顔……。 「……ごめんね……」  朔弥がポツリとこぼした言葉は、涙の粒と一緒に朔弥の頬を伝った。  俺は心臓がぎゅうっと握りつぶされるみたいに苦しくなる。 「な……、なんで朔弥が謝るんだよ。俺が勝手にすっ転んだだけだろ」 「違うよ、僕が――」 「弾かれたとしても! それは俺が悪いんだって!」  俺は思わず叫んでいた。  頭も顔も肩も、身体中の傷がズキンと痛む。  でもそれ以上に、俺は心が痛かった。  俺のせいで朔弥が自分を責めてるって事が。せっかく学校でもいい顔をするようになってきた朔弥に、また暗い顔をさせてるのが俺だって事が、どうしても許せない。  カララと扉の音がして、母さんが慌てて戻ってくる。 「ちょっと敬史、病室で大きな声出さないのっ 他の子も寝てるんだからねっ?」 「……だって、こいつが謝るから……」 「朔弥君が?」 「俺が一人で転んだだけなのにさ……」  母さんは俺と朔弥を交互に見てため息を吐く。 「仲が良いのは大いに結構だけどねぇ……。まあここは、せっかくなんだから新学期からのお手伝いをよろしくってお願いしておいたら? あんた、しばらくは松葉杖生活なのよ?」  母さんの言葉に、俯いていた朔弥がバッと顔をあげて言う。 「僕にできる事ならなんだって手伝うからっ、何でも、言って……」  朔弥の視線が、俺につながる管や包帯でグルグル巻きの頭や手足をなぞるごとに、朔弥の声は勢いを失っていく。  落ちた衝撃で、俺は頭をパックリ割って、肩と鎖骨にはひびが入り、足と腕の骨が折れていた。 「だーかーらー、朔弥が気にする事じゃねーって言ってんだろ」  苦笑するつもりが、やっぱり頬が引き攣って変な顔になる。  朔弥はそんな俺を見て、また後悔の色を濃くする。  ああくそ、どうすりゃ笑ってくれるんだよっ! 「今度は静かに話してなさいよ」  と言い残して、母さん達はまた廊下に出た。  なんかそんなに俺たちに聞かせたくない話が色々あんのかな。  朔弥の事、悪く言われなきゃいいけどさ……。  見れば、朔弥は黙ったまま俯いている。  俺は、あちこち痛む体を起こしてるのが辛くなって、ベッドを倒した。  病室の白い天井に、俺たちを囲むベージュのカーテン。 「なんかさ、柵の中みたいだよな」 「え……?」 「こうやってカーテンに囲まれてると、ちょっと落ち着くっつーか。朔弥の柵の中ってこんな感じなのかなーってさ」  朔弥は、俺の視線を辿るようにして天井を見上げる。 「なあなあ、俺も朔弥と一緒に柵の中に入ることってできんのかな?」 「柵の中に? そんなの……考えた事もなかった……」  驚いたような声に、俺は視線だけで朔弥を見る。  ああよかった。ちょっとだけ、朔弥の空気が和らいだような気がする。 「……敬史くん、本当に、ごめんね……」 「あぁぁぁくっそ……。もう謝んなっつってんのにさぁぁぁ……」  俺がうんざりと吐き捨てると、朔弥が小さく笑った気がした。

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