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長い影

 それから二週間半、なんとか三学期が始まるギリギリで俺は登校許可がもらえた。  ちなみに『サンタさんは病院には来ないものなんだ』と母さんは言っていた。  うん、まあ俺の治療費はなんか学校の保険とかが出るらしいんだけどさ、色々と買うものがたくさんあるみたいなんだよな。  腕も足も折ってるもんで、普通の服はまるで着れねーしさ。  ちょっと元気になってからは「だから上履きはちゃんと履きなさいって言ってたでしょ」なんて、俺がリハビリでへたばる度に延々言われてさ、いやもう、あれ以降俺は一度も靴の踵を踏まずに生活してる。マジで。これだけは身についた。  それにしても、ギプスと松葉杖の生活って大変なんだな。  俺も前に松葉杖の奴に「いいなー触らしてー」なんて気安く声かけたりしたことあるんだけどさ、ダメなんだよな、あれ、触らすの。  俺の場合は病院からのレンタルだからダメってのもあるけど、それよりも俺の松葉杖で他の子が怪我するってのが危ないらしい。  あの時は、結構仲良い奴だったのに、即断られてショック受けたりもしたんだけどさ、全然知らずにそんな事言った俺がアホだったんだなってやっとわかった。  松葉杖登校生活は、起床時間からまるで変わった。  他の子達が来る前に教室に移動しておかないと危ないってんで、登校は一番になったし、荷物も量が持てねーからって、朔弥が俺の登校から下校までずっと持っててくれた。  授業中も足をあげてなきゃいけないとかで台が必要だし、ずっと乗せてると踵が痛むからってクッションまで挟んで、そんな細かいあれこれを全部朔弥がしてくれた。  俺の世話をする度、朔弥は俺のために柵を開ける。 「そんなに何度も開け閉めして平気なのかよ」  尋ねた俺に、朔弥は「大丈夫だよ」と笑った。  馬鹿な俺は、それを素直に信じてしまった。  そんなの、平気じゃないなんて言えるはずないって。  なんであの時の俺は気づけなかったんだろうな。  無理してでも、朔弥なら俺を助けようとするに決まってんのにさ。  俺が階段で足を踏み外してから二ヶ月が過ぎた頃、そろそろ松葉杖も外れそうだと病院で言われたーなんて話をしながら、俺達は二人で下校していた。  松葉杖にもすっかり慣れて、俺は最初に比べて歩きも早くなっていた。  俺の家までもう数歩だ。  ちょっと公園で寄り道したせいで、夕日が俺たちの足元に長い影を作っていた。  その影が、朔弥の影だけが、一瞬ざわりと蠢いた気がした。  嫌な予感に全身が粟立つ。 「今日も一日お疲れ様」  朔弥はそう言って俺に微笑むと、俺に荷物を渡そうと柵を開く。 「ダメだ! 開けるな!!」  俺は反射的に叫んだ。  瞬間、朔弥の影が何倍にも膨れ上がる。  広がった真っ黒な闇は悪魔のような形にまとまると、朔弥を目掛けて急降下した。  朔弥は慌てて柵を閉じようとしているが、柵が閉じ終わるよりも、悪魔のような影が朔弥に突っ込む方がほんの僅かに早い。  俺は無我夢中で手を伸ばしていた。  ガシッと。確かな手応えを感じる。  真っ黒い闇を、俺は無事な右手で確かに掴んだ。  闇は驚いたように俺を振り返った風に見えた。 「敬史くん!?」 「いーから早く柵を閉めろ!!」  闇の塊は、まだ柵の隙間に挟まっている。 「……っ、ダメだっ閉まらない……っ」 「じゃあ俺がこれをひっぺがすから、そしたらすぐ閉めろよ!」 「そ、そんな事……」  できるのか、と問われれば、わからんと言うしかない。  でも、俺にはなんとなく、手応えからしてこれは引っ張れるような気がしていた。  ただ問題なのは、足に踏ん張りが効かない俺がどこまでやれるか、だ。  掴んだままの黒い塊が、ギギギィと軋むような音を立てて、より深く柵の内側へと入り込もうとする。 「や、やだ、……来ないでっ」  朔弥の怯えた声に、俺の全身の血が沸いた。 「させるかよ!」  俺は松葉杖を捨てて、両手で闇を握りしめる。 「まだ俺だって、中に入れて貰えてないんだぞ!?」  ズキンと鈍く痛む足に構わず体重をかける。 「お前みたいなのに先を越されてたまるかっ!!」  俺は叫びと同時に、全力でそれを引き抜いた。  次の瞬間、朔弥が柵を完全に閉める。  白く塗られた木の柵が、これほど頼もしく見える日が来るとは。  俺は、引き抜いた勢いのまま投げ捨ててしまった黒い塊の行方を確かめようと後ろを振り返る。  そこには夕日を背に、しゃんと背筋を伸ばして歩いてくる小柄な老人がいた。  あの真っ白な和服と丸っこい黒い帽子はどこかで見た事がある。  ああそうか、前に初詣に行った神社で……。 「おお、おお、これは頼もしい友人がいたものだねぇ」  老人はニコニコしながら、道端で蠢く黒い塊を持っていたヒラヒラ付きの棒のようなもので軽く叩いて消した。 「な、なんだそれ、すっげぇ棒だな……」 「これかい? 大幣だねぇ」 「オオヌサ?」 「朔弥、大丈夫かい?」  謎の老人は、そう言って、朔弥の背を撫でる。  って、はぁ!? 「なんで柵の中にいる朔弥に触れるんだよっっ!!」  俺が叫んだ途端、ガララッと二階の窓が勢いよく開いた。 「ちょっと敬史! 家の前で騒がないでよ! 近所迷惑なんだからっ!」  母さんだ。  いや、どっちかと言えば、俺の叫び声より母さんの怒鳴り声の方がでかいんじゃねーか? 「あらっ、あらあら? そちらの方は……?」  母さんがようやく老人の存在に気付いて慌てて取り繕う。  よかった。この爺さんは母さんにも見えるタイプの人なんだな。 「いつも朔弥がお世話になっております、朔弥の祖父です」とその老人は美しい角度で礼をした。

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