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第9話

「おい!何ノロノロ歩いてんだ!!」    バン!とテーブルを感情のままに叩いた男は怒りからか(こめかみ)に青筋がくっきり浮かび上がっている。岩のような顔は鋭い視線を放ち、ノエルを見下すように「このグズが」と罵った。ケイシー・ケンドル、彼は捜査部の隊長だ。    ノエルはその圧力に「すみません」とだけ返して眠そうな顔をしているリク・サコダの隣に座った。   「ノエル先輩〜、遅いっすよ!めっちゃ心細かったんすから」と小声で弱音を吐く男は言動とは裏腹に色の悪いチキンを食べ始める。その様子を見たローレンが、サコダからそれを奪って彼のカバンにそのまま突っ込んで制止した。   「…連絡があったと思うけれど、捜査部隊員二名がエレモアシティー中部区域の『マーリン』という酒場の裏で遺体で発見された。」      合同捜査本部が設置され、捜査部からはケイシー・ケンドルとその部下二人、そして我が機密部からはローレンとサコダ、そしてノエルがそれぞれ気まずさを押し殺して対面している。    映し出された映像は、以前見かけたものと同じ風船のように膨れ上がった人らしきものだ。帝国警察の制服と、秩序維持課のバッジがなければ特定出来ないだろう。   「彼らは王打会に捕らわれている"例"の男を救出する為行動していたと見られている。」    サコダの得た情報を信じて彼らは王国打倒委員会に直接乗り込んだ。…そこにあの男が居ないとも知らずに。     「死因は窒息死。…気道が大量の水膨れで塞がれ死亡したのではないか、との事よ。何故体が溶けるのかは不明のまま。…ここにいる皆は分かっていると思うけど、…帝国美術館の犯人の一部に同じ症状が出ていた。」   「…不死身の男」と誰かが声を上げた。その言葉にノエルは瞼が痙攣する。     『匿って欲しい』    ノエルが男の真意を探る前に、ローレンから招集の連絡が入った。彼は『…また後で話そう』と不安そうに呟いてさっさと退室したのだ。後ろ髪を引かれたままノエルはこうしてここに座っている。   (俺を利用しようという魂胆か?…いやでもそんな風には見えなかった)     「あの男が直接手を下したかどうかは分からない。しかし何かしら関わりがあるはずよ」 「じゃあやっぱりあいつを捕まえないといけないんすね。でも王打会の連中は引き渡してくれそうもないし…」    このまま男の存在を隠すべきではない、何度か喉元まで出かけた言葉は彼らの会話の中に入っていけず結局飲み下す。     話の方向性が『男を早急に確保する』という物に纏まりかけた時、捜査部隊長のケイシーはテーブルを再び殴るよう叩いた。 「話は終わりか?終わったんならさっさと帰ってデスクワークでもしてな。…あとはウチで片付ける。」   「勝手な事を言わないでちょうだい。何のための合同捜査本部なの?協力して―」  「はあ?協力?…お前のところの隊員は虚偽報告しかしてねぇだろ。そんな連中と協力出来るかよ!」    ギロリと向けられた視線はノエルに降り注ぐ。捜査部がノエルの行動を上に密告していたのだろう。機密部に因縁を付けたいだけか、それとも他に理由があるのかは知らないが、監視されているというのは息が詰まる。   「特にそこの黒いのは信用出来ない」と吐き捨てた彼の言葉は正しくその通りである。ノエルはこのタイミングで男の事を言うことも出来たはずだ。だが口は一文字に結ばれそれをしない。   話にならない、とケイシーは呆れたように視線を天に仰ぐと部下二人を引き連れ出口に向かって行く。    「我々は捜査部として男を確保する。…機密部は隠蔽工作でもしてればいいさ」とローレンに向かってケイシーは嫌味を残し扉を雑に閉めて去った。          「なーんかめっちゃキレてましたね。それにやな感じ〜」    張り詰めた空気から開放されたサコダは、テーブルに体を突っ伏して伸びる。   「仲間を失えば誰だって冷静さを失うものよ。」 「まあそうかもだけど、だからって俺らに当たらなくても…。」    ローレンは映像をバツンと消し去ると、右手で額を押さえる仕草をした。彼女は様々な問題に偏頭痛を起こしている。   「こうなった以上、こちらも機密部として男を早急に確保しなければならなくなった。」 「なるほど了解っす。アイツらに一泡吹かせてやるために頑張りますよ!」    サコダはバタバタと騒がしい動作で椅子から立ち上がり、「じゃ!お疲れ様です」とさっさと退室する。ノエルもそれに続いて立ち上がると、ローレンに肩をグイッと掴まれ引き止められた。   「…報告は?」 「…特にありません」  「嘘をついている。」    彼女はそう断言してノエルが逃げないよう出入口の前に仁王立ちする。ノエルが正直に話すまで絶対に動かないつもりだ。   (全部言ってしまえば何の角も立たず捜査も円滑に進む。)    だがそう出来ないのは、帝国警察が何故男を手に入れたがっているのか、その一点が胸に引っかかっていたからだ。   「男を確保して、…その後はどうなるんですか」 「それは言えない。…けどそうね、私の憶測だと恐らく不死身たらしめる理由を徹底的に調べられ、良い研究材料になると思うわ。不死身の化け物、となればやり方は自由よね。人類のため飼い殺しにされる」    想像通りの返答。誰もが考えつく不死身の末路だ。利用し、傷つけられる。男を差し出して得た地位にノエルは喜べない。   (…会話もできた、痛みも感じていた。ただ、…ただ不死身なだけの人間だったように思う)    せめて、…男が完全なる悪でノエルが心から嫌悪するほどどうしようもない悪魔だったなら。     「…報告は無し、という事ね。何かあったら直ぐ連絡しなさい」    ローレンは思い詰めた男に時間を与えることにした。彼女自身それが正しいことなのか分からなかったが、今の最善だと判断したのだ。   「ありがとうございます。」と一礼し、ノエルは自分の心に従って行動する。  全てとはいかなくともある程度ウィリアム・ウィルソンという男を理解してから決定すれば良い。   (まずはあの男から詳しく話を聞く必要があるな)    ノエルの虚ろな瞳はほんの少しの正義感と好奇心で輝きを増す。    

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