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第11話

『認証中………システムエラー、IDガ変更サレテイマス』    (……)    エレモアシティーからスキープカーで揺られること三十分、時刻は午前二時を回った頃まさか自宅の前で立ち往生する事になるとは思っていなかった。  ノエルは再び扉のモニターにその右腕を押し当てる。   『認証中………システムエラー、IDガ変更サレテイマス』    そんなわけは無い、何せこのロックはノエルの指紋や手相、大きさから凹凸まで何から何まで登録してあるはずだからだ。仕方が無いのでマスターキーをガサゴソと内ポケットから取り出し掲げた。   『認証中………解錠致シマシタ』   (このボロめ)と扉を軽く蹴って八つ当たりをする。一歩玄関に足を踏み入れた時、この家の住人でなくともその異変に気がつくだろう。    照らされた廊下の先、ポツポツと床に着いた血の跡がリビングに続いている。よく目を凝らすと外廊下にも血痕がこの部屋へ続いているではないか。   (…まさか、いや、あの男がここを知っているはずは無い)    ノエルは気配を消し、胸元から拳銃を取り出してそっとそのリビングへの扉に手をかけた。  ゆっくり扉を押すように開いて、銃口を未知の敵を想定し構えた。    ウィーン、ウィーンとモーター音が部屋に響く。ごつごつと何かにぶつかる掃除ロボットは汚れを吸い込もうと躍起になっているのだ。    ノエルのお気に入りの黒革のソファー、その向こうに放られた足はピクリとも動かない。銃口はそのままにそっと近づくと、転がっているのは予想した通りウィリアム・ウィルソンであった。    壁や家具には酷い血飛沫が付着して、汚れと判断した掃除ロボットが男の死体を何度も小突いている。今にも煙を上げそうなそれの電源を切って一応脈を測る。   「…生きてる」    転がっている男は、左手に拳銃を、右手には小さな銀色の筒状のケースを握りしめて眠っているのだ。    (人の部屋で自殺したのか?…イカれてる。一体その死になんの目的があるんだ)    ノエルは右手のケースを引き抜いて『エレモアシティー総合病院』のロゴが刻印されている事を確認した。   (…何かの薬、か)    中身は残念ながら空のようだ。他に何か持っていないか調べるためポケットを全て裏返しにして弄るが特に何も持っていないようだ。     「おい起きろ」    その美しい顔は血だらけで、だがとても穏やかな表情をして眠っている。ノエルはその肩を揺するが、中々目覚めない。恐らく頭を撃ったのだろう、後頭部が血でバリバリに固まっている。無理やりその体を引っ張りあげて起こしたが、ぐうぐうと寝息を立てて眠っているのだ。   「おい!」    その頬を軽く叩くと、男は「う、うーん」と呑気な声を上げてようやく目を覚ました。   「…」 「お前大丈夫なのか?」    ウィリアム・ウィルソンはノエルをぼんやり眺めるとその顔の血を左手で拭って「…大丈夫、心配してくれてありがとう」と、どこか放って置けない笑顔を浮かべる。   「デリカロッドで何があった?帝国警察が複数遺体を搬送していた。…あそこに居たんだろう」 「……………」    彼は先程の笑顔を凍らせ、あからさまに視線を逸らした。その反応は自分が関わっていると言っているようなものだ。   (…こいつが殺した可能性もある)   「私は殺ってないからな」   ウィルソンはノエルの疑惑を直ぐに払拭するように食い気味にそう言った。その様子は嘘を言っていないと信じたくなるが、よく知りもしない人間を信用するには早い。   そもそもどうやってノエルの自宅を特定したのか、…どうやってIDを変更し侵入したのかも謎だ。   「私は…巻き込まれただけだ」    ノエルは跪いて胸ポケットから取り出したハンカチで男の血を丁寧に拭う。男の動揺を狙っての行動だったが、慣れているのか全く抵抗せず甘んじて受け入れている。   「…話せることは話して欲しい。匿って欲しいというのは王打会や帝国警察に追われているから、で相違はないな?」 「ああ。そうだ。あいつらしつこいんだ。帝国警察もどういう訳か私を探しているようだから毎日安心して眠れない」    その返答に納得は出来るがしっくり来ない。それはノエルが男を追う帝国警察の人間だからだろう。もし彼の立場を自身に当てはめてみても、ウィルソンのような行動には出ない。   「何故俺を頼る?…他にいないにしても俺は|秩序維持課《バッジ付き》だ。」 「お前はロボットじゃない、だろ?…味を占めてしまったのかもな」    赤い唇がにっと魔性を浮かべ、その低い声は口説くようにそう言った。もしこれが意図していない発言であったとしても出会ってから三回目の男への態度ではない。    人を操る時、いつもそうしていると言わんばかりの平然とした振る舞い。男を信じたいというノエルの気持ちは疑わしいさで隅に追いやられるのだ。   「何故俺の家が分かった」 「偶然」 「…そうか」    ノエルは敢えて否定はせず男の嘘を聞き流した。それは絶対嘘で、顔色一つ変えることなく男は吐いたのだ。デリカロッドの死体ももしかしたらウィルソンが殺ったのかもしれない。   「こちらにメリットは?」 「私の"安全"が確保され次第、お前と一緒に帝国警察へ出頭しよう。」 「安全がいつまで経っても確保出来なかった場合は?」 「その時に考える。」   (………訳が分からん。話せば話す程理解出来なくなるのはどういう事だ?)とこんがらがる思考の中でノエルは自身の心臓が高鳴り、燻っていた好奇心に火がついた事に気がつく。    ただの不死身か、それともこちら利用しほくそ笑む悪魔なのか。     「分かった。お前を匿おう。だがおかしな行動や俺の任務の邪魔をするようなら無かった事にさせてもらう」      

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