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第12話

 心做しか、寂しそうな目で性の女神像はデリカロッドを見つめる。出入口には立ち入り禁止の赤いレーザーが張り巡らされて、禍々しさに拍車をかけるのだ。    早朝鳴り響いたのは目覚ましのアラームではなく、ローレンからの招集の連絡だった。   『高級娼館デリカロッドの社長であるドミニク・モナとその他従業員合わせて五名が三十五階の一室で遺体で発見された。そして一人は意識不明の重体でエレモアシティー総合病院に搬送されている。』    その事件概要はノエルが予想した範疇を超えていない。それにプラスして『社長がブヨブヨになっていた』と付け加えられてもだ。   デリカロッドの裏手に回ると、隠れるように全面鏡張りのビルが現れる。地上から六十メートル、二十階建てのそこは娼婦たちが暮らす寄宿舎だ。       「座りなよ。お茶でいい?」 「……いや、遠慮する」    高級娼婦の暮らす部屋とは思えぬ程、そこはゴミで溢れかえっている。膝が埋まりそうなほど服やら空き缶やらで溢れているのだ、どうやって、どこに座れというのか。    ブロンドの髪を適当に頭の上で丸める美しい女性は、そのゴミを踏み荒らしてその固まった山の上に腰を下ろした。   「それで?バッジ付きがあたしに何か用?」と彼女はへの字に口を曲げ面倒くさそうに足を組む。   「…不死身の男が王国打倒委員会に拘束される現場を見たと聞いた」    レミ・ゴール、彼女はサコダに嘘の情報を流し、ウィリアム・ウィルソンとノエルを再び引き合わせた張本人である。   「そうだけど?」と可燃ごみの上でタバコをぷかぷか吸い始める彼女に、ノエルは眉を顰める。この可燃ごみの山の中でもし火でも着いたら大変なことになるだろう。   「…ウィリアム・ウィルソンに頼まれて嘘の情報を流した、貴女で間違いないか?」 「……………………!!なぁーんだ、あんただったのね!」    ガサガサとゴミを撒き散らした彼女は先程までの不貞腐れた表情をパッと明るくした。   「やだー、タイプ変わったの〜?」    彼女はニヤニヤしながらノエルの全身を舐め回すように見る。こちらの質問への回答などする気もないようだ。   「彼に嘘の情報を流すよう頼まれたのは確かにあたしよ。『どうしても会いたい男がいる』ってお願いされてね。でも彼が連れてるのってぜーんぶ弱そうなのばっかだから新鮮だわ〜。ねぇねぇ、どこで知り合ったの?」    マシンガンのように彼女は次から次へと言葉を撃つ。その目はキラキラと輝いて、落ち着きのない足がガサガサとゴミを踏むのだ。   「悪いがそれは言えない。それよりあの男は連れがいるのか?」 「あれでいない方がおかしくない?特定の一人、てのはいないけどね。大体が有力者の娘だったり政治家の息子だったり…みーんな美男美女揃い。」      ノエルの眉間に今日一番深い溝が出来た。彼女の言うことが正しければ、男の言った『頼れる人間がいない』という言葉が嘘に傾く。確かにウィルソンほど目を引く容姿の人間ならば引く手数多だろう。…そこまで考えが至らなかった。    彼女はノエルの不機嫌そうな顔を見て「あ、別にあんたがそうじゃないって言ってる訳じゃないよ。あんたも十分いい男だけど、系統が違うって意味」と取り繕う。   「ウィルソンはその連れとまだ関係があるのか」 「あるでしょうね。常に侍らせてる感じ?…光に集まる虫みたいなもんでしょ。だから彼が自分からなんてないのよ。にしてもバッジ付きにねぇ〜」   (…一体俺に近づいて何の目的がある?)   ハエが空間を切るようにブンブンと飛び回る。彼女はそれを気にすることなく平然としているが、ノエルはそろそろその匂いに限界を感じていた。   「今日ここへ来たのは、…貴女が流した情報が間違いだった、ということにするためだ」 「…なるほどね。なにか不都合でも?」 「それは言えないが、見間違えたとサコダに言って貰えないだろうか」    彼女はあっさりそれを了承した。ゴミの中から赤い口紅を見つけ出し、その唇に塗っている。それは腐っているのではないかとノエルは目を逸らした。鼻での呼吸を一時停止し、できるだけ呼吸を最小限にする。   「…勤め先が大変な中協力感謝する。」  「どうせすぐ社長の首は挿げ替えられるから問題ないわ。それにあのレイシストが死んで清々した。天罰って下るのね」 「…天罰?」 「あいつこの間王国民の従業員全員首にしたのよ。それも先代がやってる頃から働いていた人達を。」  「…その従業員と連絡は取れるか?」 「それが誰一人音信不通。…大丈夫だといいけど。って、もうこんな時間!あたしこの後予定あるから。リクにはちゃんと言っとくから心配しないでね」    ゴミの山を崩し、そこから洋服を引っ張り出して慌てる彼女に軽く礼を言って、さっさとその場を離れる事にした。          

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