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第13話

その部屋は、どこから引っ張り出してきたのか工具が散乱している。男の腕の中には我が家で毎日活躍している掃除ロボットが抱きしめられているのだ。       「………おい起きろ」とノエルが床で昼寝する男を揺すると、その腕の中の掃除ロボットがピロピロと音を立てて起動する。   『起キロ。部屋ノ主ガ帰ッテキタゾ』とそれはモーターを回しながら喋った。この掃除ロボットにそのような機能は搭載されていないはずだ。   「…どういう事だ」と面食らうノエルにそいつは抑揚のない声で答える。   『ドウモコウモ、コイツガ人格ノ設定ヲ導入シタノダカラショウガナイ。起キロ、主ガ帰ッタゾ』    目覚めない男を起こすため、ゴツゴツとその額にボディをぶつけるロボットにようやく目を覚ましたウィルソンは、「おかえり」と赤くなったおでこを撫でる。   「お前、うちのロボットに何した?何故こいつは喋る」 「話し相手がいなかったから少し弄っただけだ。」 「少し弄って話せるようになるのか」 「おや、機械に疎いのかね。バッジ付きのしかも機密部だろう。」    少し弄っただけで話せるようになるとは思えないが、どうやら男はノエルの不在中にそれらをやってのけたらしい。 ウィルソンは散らかった工具を片付ける。掃除ロボットは何やらぶつくさ言いながら自分の家(充電スペース)に帰っていった。    ノエルはテーブルにどさり、と袋を置いて中身を取り出す。そこには様々な加工食品が詰められている。肉、肉、時々魚。健康に気を使っているノエルはサラダも忘れない。普段は栄養カプセルで食事を済ませるが、たまにはちゃんとした物体を胃に入れておかなければ。   「ウィルソン、飯にするぞ」  男に声をかけて、ノエルはさっさと一人で黙々と食べ始める。彼は遅れて席に着くと「私の分もありがとう」と体に悪そうな油でギトギトの肉サンドイッチの封を切った。   「仕事だったのか?」    一口サイズにちぎられたそれを口に含み、品良くゆっくり咀嚼するウィルソンにノエルはきっとこのようなジャンクフードは普段食べないだろうと何だか申し訳ない気持ちになる。   (いや、俺の金なのだからそんな事を考える必要は無い。)   「…ああ。お前の素性を探りにな」   「私の?…レミのところに行ったのか。…何か分かった?」 「頼れる人間がいない、という言葉の嘘がめくれただけだ。まだお前が殺していないという証拠は今のところ上がっていない」   ギロリとウィルソンを睨みつけると、彼は「…あいつ、余計なことを」と低い声で呟いた。 「俺に頼るよりお前が囲っている人間の方が余程役に立つだろう。それをしないのは俺に何かあるというより、…帝国警察を操ろうとしているとしか思えんのだが」    ノエルはサラダをバリっと口に含み、それらを甘ったるいジュースで流し込む。ウィルソンは食事の手を止めて、「考え過ぎだ。…私が帝国警察を操って何になる?」と困ったように眉を下げる。      「…俺には事件を撹乱しているようにしか見えない。」 「そりゃあ、多少はそうだろう。私も化け物扱いで拘束されたくはないからね」 「じゃあ聞くが、……何故俺が機密部隊所属だと知っている」 ノエルはウィルソンに自分の名前と帝国警察の|秩序維持課《バッジ付き》ということしか知られていないはずだ。それなのに先程この男はノエルが機密部だと知っていた。一般人ではそもそもバッジ付きだからといって捜査部なのか機密部なのか区別が出来ない。   「…お前が自分でそう言っただろう?」と捏造をする男にノエルの無表情にまたシワが寄った。   「悪いが俺はお前に名前くらいしか言っていない。」    口が滑った、ウィルソンは自分の唇を左手で隠すような仕草をして困り果てている?…実の所そうでは無く、彼の隠した唇はにっとつり上がっているのだ。   「何がおかしい」    ゾッとするほどそれは邪悪だ。美しさに人間のどうしようも無い欲望が滲み出て、ノエルはそれに謎の高揚を感じる。その魅力的な微笑みは絶対に信用してはいけないのに、不意にその頬に手を伸ばしたくなるのだ。   「私が答えたら、お前も私の質問に答えてくれるか?ああ、でもお互い一つだけにしよう」    あやす様に男はそう言うと、ノエルの答えをじっと待った。その視線に捕まりながら、しばらくの沈黙を守る。   「………分かった。嘘を言うなよ。お前は帝国警察を操ってどうしたい?」 「決めつけは良くないぞ。まあ、そうだな。ざっくり言うと家族を守りたい。」    その邪悪な表情から思いもよらぬ回答だ。思わず「………家族?」と聞き返す。ノエルが想像していたのはもっと理解できないような何かだと思っていた。   「質問は一つだけの約束だろう。さて、次は私がお前に尋ねたい。」    ノエルは男の質問が帝国警察関連である可能性を考え肩が強ばった。流石に内部情報は漏らす訳にもいかない。ウィルソンには嘘を言うなと言ったが、ノエルは嘘をつく気満々だ。 (何でも来い、全部嘘で返してやる)    彼はその視線を一度テーブルに落とし、息を吐くタイミングで   「お前は今恋人がいるのか?」    と突拍子もない質問をノエルに投げかけるのだった。       「は?…何言ってる?まさかそれがお前の質問なのか?」 「ああ。そうだが?どうなんだ?」    やはり理解できない。聞こうと思えばもっと自分に優位になる話に持っていけるというのに恋人の有無など何に必要なのか。   「……いない」と嘘をつく理由もないので正直に答えると、ウィルソンはどこか安心したように表情を和らげる。   「…結婚は?」 「していない」   「そうか、…良かった。」と頼りない笑顔を浮かべるものだから、ノエルは喉の奥がキュッと引き締まった。彼は食事を再開して、それ以上話す気は無さそうだ。    何が良かったのか、と聞くことが出来ぬほどドンドンと内側から叩く鼓動に、ノエルは何かの間違いではないかと疑う。  フォークを握る手がじんわり汗ばみ、どうにか口に運んだ肉が上手く飲み下らない。   (…絶対に違う)と自分の感情を否定して、その無表情の下、一人混乱に揉まれているのであった。  

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