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第17話
大切な人が誰かに命を奪われたなら、きっと我を失って怒りと憎しみに支配されてしまうのだ。リク・サコダはまだそれを経験していないので、目の前の男の感情についていけない。
「お前のせいで二人は死んだようなもんだ!」
胸ぐらを掴まれ怒鳴られるサコダは、ガクガクと首を揺さぶられ今にも朝食のポテトサラダが胃から上ってきそうだ。そのドスの効いた声にバクバクと心臓が騒ぎ出す。
「何とか言ってみろ!!」
「…そ、そんなつもりなかったんす!」
ケイシー・ケンドルは「ふざけるな!!」と怯えるサコダを突き飛ばした。会議室の椅子を薙ぎ倒してドスンと尻もちをつく。痛みを感じる間もなくその強面が距離を詰めるのだ。
「立て!!」と再び胸ぐらを捕まれ、血走った目はぎっと睨みを効かせる。
怒りの感情を殺すことなく罵詈雑言を浴びせられ、怒られ慣れていないサコダはすっかり萎縮してしまう。
王国打倒委員会に不死身の男が拘束されているという情報を信じて捜査部隊員二人は殺された、それが誤情報だとしたなら彼らの死は必要のないものだった。確かにそれはサコダがお気に入りの娼婦から得た情報だ。
(なんで今日に限ってローレン部隊長遅刻すんすか〜)と嘆く。捜査部の隊員らも自分達の隊長の暴挙を見て見ぬふりをする。
とりあえずダメ元で棒立ちの男に(助けてー!)と視線を送った。ノエルに助けを求めてもどうにもならないとは思うが。
「そもそも帝国警察に王国の人間がいること自体気に食わねぇ!国に帰れ!」
それは悲しい事に聞き慣れた言葉だ。だからサコダは切り抜け方を知っている。
「やだなあ〜、帰る国なんて無いっすよ〜。それに俺クォーターっすよ〜」
「んな事知るか!ヘラヘラしてんじゃねぇ!」
何を言われようと"真に受けない"、だ。一々差別的な発言に気を取られていては身が持たない。
「三十年前、…王国民 が帝国民にした事、忘れてねぇからな」
ケイシーは過去に取り憑かれたように王国民を一括りにして非難する。サコダという個人を攻撃する事は間違っているが、王国民の血が混じるサコダが何を言っても一緒だろう。
(うーん、またセンシティブな問題を…言葉を間違えると殴られそうだしなあ…)
「確かに戦争は悲惨だったぽいすけど、俺産まれてな―」
ぐい、っと体を後ろに引かれ、やっと間を取り持ってくれる人間が現れた。それが普段非協力的なノエルだったのは意外だった。
「落ち着いてください」
「汚らわしい王国民のくせに俺に指図するな!」
その背中に隠れたサコダは(た、助かった)とホッとした。正直助けてくれるとは思っていなかったので男を見直した。そう思ったのも束の間、彼は抑揚の無い声で爆弾を投下する。
「今回の件は情報の精査をする前に行動したそちら側にも問題がある。」
「ちょ、先輩その言い方は…」
死人が出ているというのにその発言は、デリカシーがないやら空気が読めない、と言われるサコダですらしようと思わない。
「………てめぇ今なんつった」
見える、その岩のような顬にビキビキと青筋が浮き出る光景が。
「帝国だの王国だのくだらない事を言っている暇があるなら情報の精査をしろ、と申しただけですが?」
差別的な人間の言葉は"真に受けない"方がいい。だがノエルはどうやら真に受ける人間のようだ。
「ッこの!―」
「ケンドル捜査官、その辺にしておいたらどうだろう」
一悶着が起こる直前、それらを制止したのは胸元に輝く三星の階級章を輝かせる初老の男だ。その後ろでローレンが頭を抱えてこちらを見ている。
「か、課長…どうしてここに」
みるみるケイシーの怒りが萎んでいく。振り上げようとしていた拳を静かに下ろして、どう言い訳するか考えているのだ。
「ん?様子を見に来ただけだよ。…今の時代パワハラは厳しく罰せられるから気をつけてね」
フェルトマイアー・GFはひっくり返った椅子を一つ一つ正しい形に戻すと気が済んだのか咳払いをして穏やかな笑顔を浮かべる。
そして「実は隊員殺しとデリカロッド殺人事件の犯人が自首してきた」と世間話をするように隊員らに伝えるのだった。
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