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第19話

仕事帰りの人々は、足早に夜の街を駆け抜ける。サコダおすすめの酒場のテラス席で彼らをぼんやり眺め、ノエルは運ばれてきた酒の量の多さに眉をひそめた。麦酒の大ジョッキが四つドン、とテーブルに置かれる。    店は混みあっているのにノエルたちの周りのテーブルは空白だ。皆帝国警察の、しかもバッジ付きの近くには座りたがらない。   「…おい、誰がこんなに飲む」 「何言ってんすかー、俺と先輩で飲むんでしょ!」    サコダに飲みに誘われノエルは珍しくその誘いに乗った。普段ならば絶対断るが、今日は何だか家に帰り辛い。それは今朝ウィルソンに多少キツい言葉を吐いたせいだ。   (…もう少し言い方を変えるべきだった?いやあいつの距離の詰め方がおかしいから仕方がない)   「俺ら何にもしてないけど事件解決?にかんぱーーい」    ジョッキを掲げるサコダに、ノエルは控えめに応じた。彼は酒をごくごくと飲み下し、その大ジョッキの半分まで腹の中に入れる。   「にしても先輩〜、よくケンドル捜査部隊長にあんな風に言えますよね〜!俺びびったすよ!ある意味そんけ〜」    ケラケラと笑う彼は追加のフライドチキンをパッドで注文しながら落ち着きなく足をブラブラさせた。その足がテーブルを蹴って相変わらず行儀が悪い。   「そいや先輩ってハーフでしたよね。お父さんが帝国の人?」 「……ああ。勘当されているがな」    ノエルは酒を一口飲んで、あまり美味しくないと感じ眉を顰める。それはサコダが持ち出した話題のせいだ。   「これ聞いちゃ不味い話題…?あ、そういやあの不死身の男って結局今回の事件に関係なかったんすかね。」 「…さあな。」 「つーかよく考えるとほんとに存在してるのかな?確かに映像は…アレだったけれども、普通に考えてフェイクとかも有り得そうすよ。」  彼の言う通り、普通ならば偽物だと思うはずだ。特に頭の硬い上層部の人間なら尚のことそう思うだろう。しかし、ノエル達に態々探すように指示するということは"絶対に存在する"という確証があるはずだ。   (それもおかしな話だ。)    ノエルは急に家に残してきた男が心配になって落ち着かない。  不安で泳いだ視線が捉えたのは、道端でリンチにあっている可哀想な浮浪者の老人だ。   「くっせ〜!金が欲しかったらこれ食えよ!」と若者が地面にこびり付いたガムを指さした。それを拒むと腹を足で蹴り、仲間内でギャーギャーと喚いている。親の金で遊び呆けて自分が強くなった気でいるのだろう。    ノエルの眉間に太いシワが寄った。どこの街でもこのような不快な連中が蔓延っているのだ。   「やだー、芋虫みたい〜」と笑う女、その肩を抱き全て手に入れた気になっている男。煽てるように笑う壊れたロボットのような取り巻きの連中。    行き交う人間誰一人、見て見ぬふりを決め込んでいる。    ノエルが席を立とうとした時、サコダは「やめといた方がいいっすよ」とすかさずそれを制止した。   「大人数だし、タチ悪い組織の連中だったら―」     サコダが説得している間にも、老人は酷い暴行を加えられている。嗄れた声で助けを求めるが、誰にも届いていない。   (胸糞悪い…)    ノエルはこの仕事に誇り持っていなかった。上の命令を遵守するただの命あるロボット。血は通っているのに温もりのない傲慢なバッジ付き。   「それに、言いがかり付けられるかもしれないっすよ。…俺ら国民から嫌われてるし…。暴漢から助けるために割って入ったバッジ付きが"不当な暴力を国民に振るった"って処分された前例もあるし……」    その言葉でノエルは踏みとどまった。ここは人通りの多い場所で、今トラブルに巻き込まれる訳にはいかない。何せ爆弾を抱えているのだから。   「んだテメェ!!」   藍色の瞳が迷いに揺れた時、バキッという打撃音とどよめきが喧騒の中の何よりも際立って聞こえる。    二つの視線がその集団の方へ向けられると、先程までゲラゲラ笑っていた集団が各々散っていった。すると、帽子を深く被った…見覚えのある男が、どこかの店の鉄看板を何度も何度も振り下ろしている。  老人を虐めていた男は芋虫のように地面に転がり、腰を抜かし這うように逃げる女も容赦なく男は殴るのだ。     (何してんだ!?)    ノエルは先程の迷いなど一切消え失せ、すぐさま騒動の原因を止めに入った。    鉄看板が折り曲がり、ぐにゃぐにゃになっても無心に振り下ろし続ける男の腕を力ずくで抑え込む。すると、彼は生気のない、虚ろで暗い眼差しでこちらを捉えた。その隙にボコボコになった顔の男はひーひー言いながら人混みに紛れ逃げる。   「…お前何やってる!」    声を潜めて問いかけると、「あ、ああ…買い出しだよ」とウィリアム・ウィルソンは右腕に引っ掛けられた袋を掲げて見せた。    「自分で目立つようなことをして何がしたい!」 「誰も見ていないさ。この老人が殴られて蹴られていても誰も見えていなかったんだから。」    ガコン、と看板をその場に捨てて帽子の位置を調整し、ウィルソンはふっと微笑むのだ。化け物でも見るように怯える老人は、礼も言わず縮こまっている。   「先輩!」    後ろから駆け寄ったサコダは麦酒の泡を上唇に付けたままやって来た。そして二人をじっと見やると訝しげに目を細める。   「……その人、知り合いすか?」 「……………いや…知らない。」 「ふーん、そうは見えないっすけどね」    咄嗟についた嘘に、ウィルソンは片眉を上げる。そしてサコダの服装を見て直ぐに察したのか(まいったな…)と俯くのだ。    (くそ、厄介なことばかり…)   どう誤魔化すべきか頭を悩ませるノエルには隙があったのだろう。彼の爪先がウィルソンに向いていることに気が付かない。   「ちょっとそこの人!さっきのはやり過ぎっすよ。下手したら死んじゃうかもしれないのに」 「…」 「もしもーし、聞いてる?一応俺ら帝国警察っすよ、悪いこと…とは言えないけどやり過ぎたら捕まえなくちゃいけないんですけど」 「……」 「…あんたも無口キャラ?」     サコダはずん、と大股で一歩男の方へ近づく。そしてその帽子のツバを人差し指でツンと指すように持ち上げたのだ。   「うわぁ、おにーさんめっちゃ美人!」と素直な感想を述べるサコダに、ウィルソンはムッと口を結んだ。 「…男に美人とは失礼だとは思わないか」とつい反応を示してしまう男にノエルは静かに首を横に振る。   "余計な事を言うなよ"とぎっと睨みつけながら。     それが通じたのかウィルソンは直ぐに帽子を深く被り直し、一歩後退して距離を取った。   「なーんだ、喋れるんすね!おにーさんはノエル先輩と知り合いすか?」と質問のターゲットを切り替える。   「…いや今会ったばかりだ」と言った男はちらりとノエルに視線を寄越してどうするか問う。   (このままここにこの男と留まるのはリスクがある。)     それに答えるようノエルはウィルソンの腕をグッと引き寄せ、手錠をガチャンと掛けるのだ。   「お前は飲んでろ。…俺はこいつから話を聞く。」      

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