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第20話
スキープカーに揺られながら、男は手首の手錠を外してくれた。ほんの少し赤く蚯蚓脹れした手首をノエルは無意識に撫でる。
(…よく分からん男だな。距離を取りたがっている癖に自分は良いのだろうか。それとも無意識?)とウィルソンはノエルの行動に疑問を抱きながら座席にゆったりと凭れ掛かった。
窓の外はエレモアシティーのようにギラついた光も無く、天然の星と新月が浮かんでいる。流れる雲に時々隠れまた顔を出して、…いつか"あいつ"と平穏に暮らしたいとぼんやり考え、平穏などあるのか?と不安になるのだ。
(私など捨ててしまえば、…あいつにとっては平穏だろうな)と何百、何千と同じ事を考え息苦しい。
「何を買った?…足りないものがあったなら予め言ってもらえれば注文したんだが」
悪い思考を断ち切るようにその藍色の瞳はじっとウィルソンの持っている袋に注目している。
「大したものじゃない。生活に必要な細々としたものだ。」
「…そうか」
ノエルはそれ以上何も聞かない。ウィルソンにとって都合が良いが、どういった感情なのか分からず対応に困る。
「それはそうと…怒らないのか?」と彼の感情を探るため問いかけてみるが、反応は期待できないだろう。
「…まあ確かにお前が出歩く事で何らかのトラブルに見舞われないとも限らない。だが俺も外に出るなとは言わなかった。」
ノエルは無表情のまま冷房のスイッチを切って、制服の第一ボタンを外した。
「それもあるが…私が彼らに乱暴した事だ。やり過ぎたと自分でも思っている…」
あの気持ちの悪い連中をボコボコにしたことに一切後悔はない。だが体裁を保つには反省したフリも必要だ。多少の説教は仕方が無いが、早く終わらせるために出来ることはするつもりだ。
「帝国警察として有るまじきことだが、…正直スッキリした。」
その声色は初めてちゃんと抑揚が付いている。穏やかで聴き心地の良い、…ウィルソンは隣の男に人間味を感じた。
「俺が行動に移せなかったことをお前は出来る。俺は世間体を気にしてしまった。」
恐らく彼には『正義感の元、老人を助けた』と思われている。実際はそのような大それたものでは無いが、彼自身はあの可哀想な老人を助けたかったのだ。
中途半端な正義感としがらみに苦しんでいる、放って置けばその純粋な気持ちは腐り落ちてしまうだろう。
「ノエル、お前は真面目で…生きづらそうだ。」
人には安心が必要で、不安な時は信頼出来る家族に触れられると安心する。その経験からウィルソンは心から同情してその男の頬にそっと触れた。
「…レールから外れることが出来なかっただけだ。」
馴れ馴れしい手のひらをやんわりと退かして、困ったように顔を逸らす。ウィルソンはまた距離の詰め方を間違えてしまったと自覚してポリポリと頭を掻いた。
「悪い、調子に乗ってしまった。」
「…お前はそうやって色んな奴を転がしてるのか?」
戸惑いと軽蔑が混じりあった瞳は否定を求めている。だがきっと彼の望む通りに否定しても信じないだろうが。
「そんなつもりはない。…不思議な話だがお前に触れると私が安心するんだ。次からは気を付ける。」
答えが正解だったのかどうかは分からない。だが嘘は言っていないので不正解だったとしても問題は無いはずである。
「…今朝は俺も言い過ぎた。」
ノエルの言葉に、ウィルソンは自分の回答に赤マルを付けた。一緒に住む以上、良好な関係を築きたい。
(それに、こいつとは気が合いそうだ)
『アバナンドール中央駅に到着致しました。』
丁度のタイミングでアナウンスが到着を知らせる。照れ隠しなのかさっさと下車して一人歩いていく男の後を追うことにする。
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