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執拗く 第22話

   王国が帝国に併合されて三十年、人々の暮らしは一見すると平穏に見える。何せ国が『平和な世の中の促進』を謳っているのだ。    戦争の傷跡などそのネオンに隠してしまえば分からないだろう。人々の嘆きは爆音に掻き消え、朝など来ない。そこの住人のうち何人がその事実に気がついているのか。      「帝国警察の者だ。…先週ここに運び込まれたヒラキ・ライトの病室はどこにある」  その黄金に輝くバッジを目にした受付の女は何かを察したのか、「入院病棟は五階でございます。そちらの受付の方で」とだけ言うと、さっさと奥に引っ込んだ。    ノエルは言われた通りに五階へ向かうことにした。エレベーターに向かう途中、沢山の怪我人が待合室でぐったりしている姿を目撃する。    折れた腕をぶら下げる男、身体中痣だらけで震える女、顔がパンパンに腫れ上がった子供。彼らは皆同じ顔をして順番を待つのだ。      エレモアシティー総合病院には色々な患者が朝昼晩関係なく舞い込む。反政府組織は素より戦争孤児や降伏した王国民など、帝国が隠したい様々な"腫れ物"が押し込まれた街だからだ。   五階入院病棟の受付、そこに座る女はタバコを吹かしながらボリボリとピーナッツを咀嚼している。窪んだ瞼、黄ばんだナース服はいつ洗濯したのだろう。    「ヒラキ・ライトの病室はどこだ」 「…はぁ、そこの通路を右に折れて、一番奥の赤色の札が下がっているとこ」    面倒くさそうに説明して、枯れ木のような指で奥を指さした。 「バッジ付きはいいわね、えらそーにしても金が沢山貰えるんでしょ?」と嫌味をぶつけ、わざとらしく口を開けて咀嚼する。   (…偉そう…か)    ノエルは少し女の言葉を気にしながら右の通路を曲がった。五十メートル程真っ直ぐ伸びた廊下の左右には病室が並んでいる。    …時刻は昼の十一時過ぎだというのに人の気配が一切感じられない。  重症患者のみの病棟で、皆身動きが取れないのか?それにしても他の看護師がいてもいいはずだがあの受付以外居ない気がしてきた。   (…ここか)    一番奥、確かにそこの部屋には赤い札が掛けられている。ノエルは「帝国警察の者だ」と三回ノックした。すると中から「…どうぞ」と弱々しい男の声が入室を許可する。    扉の先にはベッドで上体だけ起こした男が愛想笑いを浮かべて「…こんにちは」と控えめに挨拶をした。点滴に繋がれてはいるものの意識はしっかりあるようだ。   「体調が優れない中申し訳ないが、デリカロッドの事件のことについて話を聞きたい」    ヒラキ・ライト、彼は先の事件の生存者だ。デリカロッドの清掃員で、事件当日社長室の扉の前で倒れていたところを第一発見者の娼婦の通報によりこのエレモアシティー総合病院に運び込まれた。    話によると腹部を撃たれ一時は意識不明の重体だったがだいぶ回復したようだ。    ノエルは断りを入れること無く折りたたみ椅子を広げ腰を下ろす。同じ目線の方が話しやすいだろうと気遣った結果である。    バッジ付きのノエルに肩を強ばらせ、自信なさげに視線を逸らした。冴えないこの男の特徴は若干違う両目の色くらいだ。ノエルは平凡で頼りない気の弱そうな男だという分析をする。   「事件当日の事を覚えていることでいいから教えて欲しい」 「…すみません、何も覚えていないんです。フロアの清掃をいつも通りして…それから記憶がなくて…」     ノエルが少し襟を正しただけで、彼はビクッと体を強ばらせた。  その男の行動は何だかこちらが悪いことをしているような…複雑な気持ちになる。   「…では、話を変えよう。デリカロッドの監視プログラムの操作盤を扱ったことは?」    彼は数秒考えると、「…操作盤は基本的に業者さんが点検作業の時しか触らないので…」と恐る恐る発言した。     「外部の人間が触ることは可能なのか」 「…出来ないことは無いと思います」    当時デリカロッドは監視プログラムがシャットダウンされていた為犯行の映像が残らなかった。被疑者のベン・カインはそれらを『知り合いのハッカーに頼んでダウンさせた』と供述したらしいが、その形跡が見当たらない。    つまりは態々手動で電源を落とした事になるが、そもそも出入口の監視プログラムにベン・カインらしき人間は写っていなかった。そうなるとデリカロッド内部の人間が関係している可能性がある。   (あの男は『巻き込まれただけ』だと言っていたが…。)    一番手っ取り早いのはウィルソンに詳しく話を聞くことだ。本当のことを言うかは分からないが、当時の様子を聞くくらいなら教えてくれそうな気がする。   「…デリカロッドの社長は事件が起こる前から誰かと揉めていたということはあったか?」  「どうでしょう、あの人なんと言うか…嫌な人だったから常に揉めてたかも…。」 「嫌な人、と言うのは具体的にどう嫌なんだ」    ノエルの質問にヒラキは気まずそうに拳をぎゅっと握る。   「当方、王国民の端くれでして…それで色々…」 「詳しく話してくれ」 「…簡単に言うと毎日他の従業員よりいくつか仕事が多かったり…もちろんその分の給与は付きません。人間として扱っていないような暴言や無意味な攻撃なんてのは日常茶飯事ですよ。…はは」    乾いた自嘲は、なんとも痛々しい。ヒラキのように不当な扱いを受けている王国民はきっと見えていないだけで沢山いるのだろう。    ドミニク・モナは王国嫌いで、王国打倒委員会と繋がっていたという話は上がっていた。それにミカジメ料を渋るほど金への執着があったのだろう。それで殺人まで発展することはなにも不自然では無い。   (事件直近の記憶が無いんじゃ、これ以上聞いても時間の無駄だ。…また日を改めて―)      ―パタパタとサンダルを鳴らす音。    外からガサツな足音が小走りでこの部屋に向かってきていることに気がつく。   「ヒラキー、服持ってきたけど…て、」    ノックもせず開けられた扉の先にはいつかの娼婦が荷物を抱えて立っている。レミ・ゴールはノエルの顔を見るや否や「あー!」と目を見開いた。抱えていた荷物を床にどすんと置いてノエルに駆け寄る。   「なに?どうしてあんたがここに?ヒラキとも知り合いなの?」 「……俺はデリカロッドの事件について捜査しているだけだが」 「あ、なるほどね。でもこんな偶然あるんだ〜」  レミの盛り上がりに「…えっと……二人は知り合い?」とベッドの上の男は眉を下げる。   「ほら、昨日話したでしょ。彼がウィルソンの―」 「え?………この人が?」    どうやら彼女はヒラキに二人の関係を話したらしい。勝手にペラペラ喋るレミをノエルは睨みつけるが効果は期待できない。話してしまったのなら仕方がないと割り切って対応するしかない。    「…あの男の知り合いか?」 「…ええ、まあ…そんなところです…。顔見知り…というか…職場によく来るんですよ…。特別仲が良い訳じゃ…」    ヒラキの顔色は心做しか初めより悪くなっている気がする。まるで繋がれた管から血を吸われているように青ざめ、声量も無く弱々しい。そんな彼とは対極的にレミの甲高い声が割って入った。   「二人は大の仲良しよね〜。親友?と言うより傍から見たら恋人みたいな?」   病人をからかうようにレミはにっと笑った。それに対してヒラキはガシャン、と点滴スタンドが倒れそうになるほど大きな動作をして否定する。    「違う!!…違います。レミさん、おかしなこと言わないでください」 「なによ〜、ちょっと元気付けようと思っただけじゃん」 「そんなんじゃ元気になりませんよ…。変な誤解が生まれるのでやめてください…」 「ま、あんたみたいな冴えない男がウィルソンとどうこうなるなんてだ〜れも思ってないから!」    ノエルは椅子を畳み、彼に「何か思い出したら連絡してくれ」とだけ伝えるとさっさと部屋を後にする。彼はそれに了承すると愛想笑いを浮かべて見送った。       長い廊下は相変わらず人気がなく、背後から追いかけてきたレミの「ちょっと待って!」という声がよく反響した。   面倒くさそうに足を止めたノエルに彼女は動じることなく歩きながら話そうと提案する。どうせ断ったところで彼女は引かないだろう。   「…手短に頼む」 「分かった。…ヒラキはやっぱり何も覚えてなかった?」 「ああ。意識が回復してそう経っていないから仕方がない。…彼は王国民なんだな。本人から聞くまで気が付かなかった」   王国民を見分ける方法の一つにその"訛り"が上げられる。イントネーションが若干帝国とは違う、ただそれだけだが些細な事で笑いものにする連中は沢山いるのだ。    「この間話したでしょ?…王国民の従業員がクビになったって。ヒラキもそのうちの一人なの。本人はクビにされた記憶が飛んでるみたいだけど…」 「他のクビにされた王国民とは連絡がついたのか?」    彼女は「その事についてあんたにお願いがある」と切羽詰まったように浅い呼吸を繰り返す。彼女にとって余程重要な事なのだろう。   「実は、…ずっとその王国民の従業員と連絡が取れないの。ヒラキは見つかったけど後の三人の行方が分からない。」 「クビになってもうデリカロッドの人間とは関わりたくないんじゃないか」 「そうかもしれない、…だけどそうじゃない。嫌な予感がする。」    両腕で自分を抱くレミはソワソワと落ち着かない様子でその長い爪をパタパタと動かした。    エレベーターの前、ノエルは下の矢印を押して上へ上がってくるのを待つ。二階、三階…点灯するランプに早く来い、と思うのは彼女が面倒な事を言い出しそうだからだ。   「…三人を探して!」 「出来ない」 「どうして?事件に関係しているかもしれないのに!」 「………」    エレベーターがようやく五階まで登ってきた。ノエルはその箱に乗ると、直ぐに開閉ボタンを押す。彼女はノエルが応える気がないと分かると、腹が立ったのか閉まる扉をガン!と蹴った。   「クソバッジ付き!」と罵る声は、五階に残されたままエレベーターは降りていく。   (…三人の行方か。一応ローレン部隊長に報告はしておこう…)      

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