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第24話
窓の一つや二つ、作っても良さそうな程圧迫感を感じる部屋。コンクリートの壁はまるで独房にでもいるような気になる。中央の円卓は会議するには手狭だが少人数ならば問題は生じない。
そこで一人テーブルを独占し、提出する報告書をデータベースに纏め終える。凝り固まった体をグイッと伸ばし、ちらりと時刻を確認した。
(…八時集合と聞いていたが…)
一時間、気が付かぬうちに経っていたようだ。だがローレンもサコダもいつまでもやって来る気配がない。ノエルは時刻を間違えたのかとローレンからのメッセージを確認しても時刻、場所共に間違いでは無い。
(何かトラブルでもあったのか?)
ノエルは新たなメッセージが届いていないか確認するが特にそれもなかった。二人はこのまま来ないかもしれないが、入れ違いになっても面倒なので連絡があるまでこの独房を堪能する他ない。
昨晩まともに眠れなかった男の下瞼には黒いクマが染み付いて酷い顔だ。円卓に突っ伏し、(人の気も知らずあの男は…)と眠い目を擦った。
今朝のウィルソンは床で掃除ロボットを抱いてすやすやと眠っていた。散らかった工具に囲まれて、頬にオイルを付けたまま、朝日に目を覚ますこともなく熟睡だ。それに腹が立つが起きていたらいたでノエルは困っていた。
ウィルソンは男のノエルにベタベタ触れられて何故平気なのだろう。彼はやたらと『安心』という言葉を使いたがるが、一瞬でも汚い欲を向けた男のどこに『安心』を感じるというのか。
(最近それらしい事をしていなかったから、たまたま手近かな美しい男に欲情しただけ…なのか)
自分でも恐ろしいがあの男に性的魅力を感じたのは紛れもない事実だ。それがただの一過性のものだといいのだが。
(しかし…これは厄介だ)
一緒に暮らす以上、その事実は非常に困った問題だ。暫くは男と顔を合わせる度罪悪感を感じるだろう。
「すみません!前のスキープカーが事故っちゃって!しかも違う駅に降ろされちゃうし!」
乱暴に開けられた扉から現れたサコダは言い訳を並べ立てる。しかし髪が寝癖だらけで、制服のボタンが掛け違えていてはその言い訳は説得力がない。
「あれ?ローレン部隊長いないんすか?」
「…ああ。」
「はぁ〜良かったぁ…、次遅刻したら俺やばいんすよね〜」
彼は向かい側の椅子を豪快に引いて席に着いた。極力サコダと話さなくて済むようにノエルは終わったはずの報告書のデータベースを開き、作業するふりをした。
「……」
「……ねえねえ先輩、そういえばあの美人のおにーさんどうなったんすか?」
「……」
「無視されると変に勘ぐっちゃうなぁ〜。あの後どこかに連れ込んだとか?やりますね〜先輩」
にやけ顔のサコダにノエルは不愉快を隠さない。それは少しでも心に|疚《やま》しさがあるから尚更過敏に感じ取る。
「俺そういうの偏見ないっすよ〜」
全く面倒な奴に男の存在を知られたものだ。だがサコダの言う通り黙りを決め込むと更に怪しまれそうである。ここは在り来りな嘘をついてやり過ごす。
「何も無い」
「……まあ、そうっすよね〜、先輩の浮ついた話なんて一切聞かないし…。にしても一時間すよね、ローレン部隊長どうかしたんすかね?」
「…さあな」
噂をすれば彼女はやって来る。静かに扉から入室し、珍しく浮かない顔をして。
「…待たせて申し訳ない。」
「何かあったんすか?」
「…そうね。」
かん、かんと心做しかヒールの音すら元気が無い。サコダとノエルはその様子に顔を見合わせる。ローレンは座ることなく二人の前に立つと、言葉を濁すこと無く簡潔に言うのだ。
「不死身の男の捜査は打ち切りになった」
「ええ!?なんで!?」
サコダは驚きのあまり椅子を思い切り後ろに引いて立ち上がる。ノエルも行動には移さないが、彼と同じく驚いていた。
「…"上からのお達し"と言えば納得かしら」
ローレン自身納得していない様子で唇をギリギリ噛んで、悔しさが滲んでいる。
「いやいや、さすがに俺でもそれは納得いかないっすよ!だってこれを逃せば昇進なんて一切望みないし…」
「昇進については上は"善処"するらしいから心配しなくていいわ。」
それにサコダは「良かったぁ〜」と安心したのか椅子に座り直した。彼にとってこの件は昇進の為の職務なのだろう。
ノエルはというと、脳内で小さな混乱と戦っていた。男をどう隠すか、どう探しているフリをするか考えなくて済む。…それは非常に有難い打ち切りだ。肩に乗っていた重しが一つ、二つ程降りたのだから。
「というわけで解散よ。明日からは別のチームと合流してもらう」
「ちょっと待ってください。…先日デリカロッドの被害者の証言と―」
「解散、と言ったでしょう。報告書はデータベース上で受け取る。…二人とも今日は早く帰っていいわよ」
ローレンはノエルの話を最後まで聞くことなく急ぎ足でどこかへ向かった。
肩は軽くなったが、どうも腑に落ちない幕引きだ。…ノエルがまだ爆弾を抱えているからそう思うのだろうか。
「……おいサコダ。頼みたいことがある」
「なんすか?金なら貸しませんよ。」
「……………違う。実は昨日ヒラキ・ライトに会いに行ったんだが…」
ノエルはサコダにレミから聞いた消息不明の王国民の事を話した。レミの名前を聞いたサコダは目を輝かせ、「俺がその三人の事調べますよ!」と申し出る。彼女に気があるのだろう、その好意を利用するようで心苦しいが使えるものは使わないと勿体ない。
「でも、なんで急に打ち切り?…なぁーんか匂いますよね〜。政府の陰謀?それとも皇族かなぁ?飛躍して宇宙人とか?ワクワクするなぁ〜」と彼は落ち着きなく体を揺らした。
「…ワクワク?…お前もするのか」
「俺実は…陰謀論とか大好きなんすよ。二人で帝国の闇を暴いて…とか映画っぽくないすか?そんで百年後とかに英雄として石像になるのとか面白そう」
ノエルは先程サコダは昇進のために職務を熟していると思った。しかし彼を突き動かしているのはそれだけではないようだ。そもそも本気で昇進したいと思っているならば普段から適当な事はしない。
「…まあ悪くは無いが」
「そうと決まれば早速レミちゃんに会いに行ってくるっす!二人で天地をひっくり返しましょう!」
「おい、俺はまだお前の話に乗った訳では……」
サコダはノエルの声など届いていないようで駆け足で退室する。
結局独房に残されたのはノエルだけだ。サコダに話したことを早々に後悔して、一時間で凝り固まった体を引き伸ばしつつ立ち上がった。
(……気は進まないが一旦帰宅してウィルソンに状況を説明するか…)
家で待つ男に対しての感情は纏まっていないが。
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