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第28話
『オイ!オロセ』と寝室には機械音が響き渡る。その温もりを抱きしめ背中を丸める男にロボットは嫌がってモーターをフル回転させた。
「おい」
ベッドの端に腰掛ける男の肩を揺さぶると、彼はぼんやりとこちらを見上げるのだ。魂が抜けかかっているようで、その喧しいロボットの声など聞こえていない。
隣に腰掛け、ノエルは拘束されたロボットを引っ張りだそうとするが凄まじい力でホールドされている。
『オロセ!オロセ!』
「…下ろしてやれ。それか電源を落としてくれ。うるさくて話ができない」
少しの沈黙の後、男は言われた通りのっそりとした動作で掃除ロボットを床に置く。やっと解放されたそいつはぶつくさ小言を吐きながら廊下へ消えていった。空いた腕のやり場に困って、ウィルソンは自分の体を抱きしめる。
「我々秩序維持課は不死身の男の捜索を中止した。」
「………そうか…そいつはいい話だ。」
「驚かないんだな」
「驚いているさ」
やはりウィルソンはどこからか情報を得ているのだろうか?それともヒラキの事が気になって仕方がなく、ノエルの言葉が耳に入っていないのだろうか。どちらにしてもあまり良い事では無い。
(…クソ、なんだってイライラしないといけないんだ…)
「そんなにヒラキさんの事が気になるか?」
「…違う。」
ノエルは俯いた男の顔を無理やりこちらに向かせた。乱暴だったのか指先が頬にくい込んでほんのり赤くなっている。
「本当に違うなら目を見て言え」
赤い唇はその強引さにわなわなと震え、「触るな」とノエルの腕を振り落とす。そしてギッと鋭い眼差しを向けるのだ。
何故そのような目で睨む?攻撃的で、だが怯えたような眼差しで。
拒絶、ノエルはそう捉える。ただでさえピリピリしていた神経を逆撫で、更に落胆と身勝手な怒りが混ざりとても嫌な気持ちだ。
「出来ないということは自分でそうだと言っているようなものだ。彼に気でもあるのか?」
自分の形相など鏡がないと分からない。ノエルは今、動きの乏しい表情筋が人生で一番活発になっている。そしてウィルソンも気が立っているのか言葉尻が鋭い。
「簡単に言葉で言い表せるような関係じゃない。それにお前に何の関係がある?ただの同居人だろう。詮索するな」
「"ただ"の?…よく言ったものだ。」
「そうだろう?それ以外が何かあったか?」
尚湧き続ける性欲、自分のものにしたいという支配欲、自分より劣っている者への嫉妬、それらを混ぜ合わせてぐちゃぐちゃに混ぜ込んだもの。それを恋だの愛だのと言うには汚すぎる。
今までノエルがしてきた恋愛はこのようなものでは無い。始まりは純粋で、美しく、心が跳ねるような…少なくとも悪い部分を際立たせるものではなかった。
『その唇を塞いで、嫌がる体を暴き、溜まった欲を発散させたい。』
このままこの感情を抑え込むと欲望のまま目の前の男を犯してしまいそうで恐ろしい。正気に戻ったらきっと死ぬほど後悔するだろう。ならせめて、多少ニュアンスは違っても綺麗な言葉で包装して伝えた方が溢れ出す欲望の箍になる。
ノエルは息を吸って、暴れ回る心臓をそのままに、男に伝える事にした。
「…俺はお前の事を恋愛対象として見ている」
ぽかんと空いた唇は、突然の事に対応が出来ていないようである。苛立ちにはいい鎮静剤になったのだろうか、ウィルソンは「…お前は冗談を言うんだな」と抑揚のない声で呟いた。
「………冗談に聞こえたか?」
空に浮いた手の指先がピンと引き攣り、血の気が無くなった肌に冷や汗が滑るように伝っていく。息を吸うのはこんなにも難しい事だったのか。
汚い欲望が本心なのに、まるで本当に恋愛感情があるかのような作用にノエル自身戸惑っている。
肺に空気を送り込もうとした時突然凄まじい力で肩を押され、ノエルはベッドにドン!と押し倒された。
「―ッ!?」
その白い手のひらがノエルの首筋をぎっと握り、気道が絞られる。どれ程暴れ回ろうとも、男は手だけは離さない。見下ろす瞳は限界まで見開き、刃の切っ先のようにギラギラと光る。
「気持ち悪い」
「ゔッぐ…」
「いいか、その気持ち悪い感情を私に向けるんじゃない」
やけに冷静な声で男はそう言った。
体が酸素を求め、男の腕をどうにか外そうと試みる。しかし彼は殺すことも厭わない、といった様子で力を緩めることはしなかった。
その強烈な殺意に抵抗する気力さえ奪われていくのだ。だがこのままでは殺されてしまう、朦朧とする意識の中で、胸元の拳銃を必死に探す。
(この男は…ただの悪魔だ)
指先が金属に触れる。ノエルはそれを抜き取ると、セーフティを解除し男の腹に躊躇うことなく撃ち込んだ。
―肉を貫通し、生暖かい汁がボタボタとノエルの腹の上に落ちる。緩んだ両手から逃れるようにノエルはベッドから転げ落ち、男と距離を取った。
「ゲホッ…ッゲホッ……殺す気か!」
酸素を体が急激に吸収し、クラクラと脳みそが揺れる。彼は蹲って辛そうに腹を抑え、赤い血を撒き散らしこちらをギロリと睨みつけた。
「次おかしな事を言ったらいくらお前でも確実に殺すからな。」
それはジョークでもなんでもない事は先程の行動でわかる。一体何がそこまで男の殺意を刺激してしまったのかノエルには理解ができない。
『気持ち悪い感情』と言っていたのでノエルの伝えた好意が余程気に食わなかったのだろうか。
「…それと私に乱暴に触れるな。腹が立つ」
ウィルソンはのそのそと歩き出し、そう捨て台詞を吐いてリビングの方へ向かった。
血塗れのシーツに血塗れのシャツを持て余し取り残されたノエルは大きな大きな溜息をついた。
胸に鈍痛が走っている。熱を持って腫れ上がり、今にも破裂しそうである。汚いだけの感情だと思っていたが、どうやらそこに少しは純粋な恋愛感情が含まれていたようだ。
(まだ早いうちで良かった)
その感情が性欲や支配欲に勝る前に無かったことに出来るのだから。
(しかし、…これからどうしたらいいんだ…。あいつを匿っていても俺にはもうメリットがない。)
凶暴な牙を隠し持つ男を持て余している。思い返してみればウィリアム・ウィルソンは人目を気にせず若者に暴力を奮っていた。もちろんその時は正義感からやり過ぎたのだと思っていたが。
(…)
不死身の男を見つけたとして突き出すか?
ただ男を追い出して、知らないふりをすべきか?
「…クソ…!何故俺は…」
ノエルは最悪な結果になると分かっていながらそれでも手離したいとは思わなかった。
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