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第30話
久しぶりに顔を合わせた彼らはノエルに視線を向けながら敵意を隠すことなく内緒話だ。
エリート集団と言っても人間の集まりなので合う合わないがあるのは当然のことだが、ノエルと彼らは水と油である。
「なんだあの痣は。ご令嬢の彼女にでも付けられたのか?」
「おい、その彼女とはとっくに終わってるって話だぜ。」
「まあいくらアーサー家の息子って言っても嫡子じゃなきゃ価値が下がるだろうよ。それに混血だし」
ノエルは彼らが無駄な時間を浪費している間にさっさと書類を作成し終わり、新着のメッセージが来ていることに気がついた。知らないアドレスからだが、件名に『ヒラキ・ライト』と分かりやすく表記してあったので迷わず開いた。
『三人の事で思い出したことがあるので、ご連絡させて頂きました。お時間宜しければ直接会ってお話したいのですが…』
(……ヒラキさんからか)
ノエルはヒラキにこれから会えるかどうかのメッセージを送信して、席を立つ。…デスクワークはあまり好きでは無い。特に五月蝿いだけで作業しない無能と同じ部屋だと尚更だ。
「おい、まだ勤務時間中だろうがどこに行く」
「…仕事だ。」
「だから仕事ならここですればいいだろ」
普段ならそのまま無視を決め込んで退室するが、今日のノエルは苛立っている。昨日の事が頭から離れず、心の余裕がない。
『気持ち悪い』、あの言葉が何度も頭を掠めて何にも集中出来ないのだ。些細な事でも神経が逆なでられているようでいつもならば許容出来ることが出来ない。
「…どこでしようが俺の勝手だ。お前たちこそ仕事をしないなら邪魔をするな」
「んだと!出来損ないの混血のくせに調子に乗るなよ!」
「…おいおいやめとけって…」
実に面倒な連中だ。ノエルは反感を買おうが構わず彼らの隙間を縫うように抜ける。ちょうどヒラキからメッセージの返信が来たようだ。
「クソ野郎!」と背後から聞こえる罵声など無視してすたこらと待ち合わせの場所へ向かうとしよう。
『エレモアシティー西口駅に到着致しました』
スキープカーを降りたノエルはその人の多さに酔いそうになる。西口駅はエレモアシティー内の下層に位置する駅なので身なりも為人 も悪い。それでも最下層の東口よりはまだマシだと言えるが。
今日は誰からも避けられず人混みに紛れ込める。上着を羽織るだけで、道行く人々の警戒心は無くなるのだ。
待ち合わせ場所のフードコートは学生で溢れかえり騒がしい。沢山あるテーブルの中の一つ、男は控えめに片手を上げて存在を知らせる。
「あ!…こっちです」
ノエルはヒラキの正面に腰掛けて「昨日は大丈夫だったのか」と一応確認する。相変わらず視線は合わないが、顔色は昨日よりは良くなっているようだ。
「はい。どうにかレミさんに連絡が取れて、今はデリカロッドの寄宿舎にお世話になってまして…。新しい社長がまた清掃員として雇ってくれるかもしれないので少しホッとしてますよ。」
「そうか。」
「でも俺がクビになってたなんて…。ああ、そんな事より本題を話さなきゃ…実はあの犯人の二人組の会話で思い出したことがありまして…」
ヒラキは机の上でギュッと手を握り、その五月蝿さに掻き消えそうな声で話し始める。
「その日、…デリカロッドに勤務していた王国民は俺とユカちゃんだったんですけど、アイツらが会話の中で残りの二人は他の人間が殺すだろうと言っていたのを思い出したんです。…もしかしたら犯人はその二人だけじゃなくて他にもいるのかもしれないと思って…」
考えられる組織と言えば『王国打倒委員会』くらいだが、ただの従業員の四人を何故殺そうとするのか。それともデリカロッドの社長を殺すついでに大嫌いな王国民を殺したのか。…だがデリカロッドの社長は王国民を事件の数日前にクビにしているはずだ。
よくよく考えればクビになったのにどうしてヒラキはデリカロッドに居たのだろう。
「……情報提供感謝する。」
「…いえ、大したものでは無いですけど…―ッ!?その首…」
ヒラキはその日初めて視線を上に向けた。そこでノエルのクビにくっきり浮かび上がるアザを目の当たりにしたのだ。確かに誰だってそれを見ればぎょっとするだろう。
「まさかアイツがやったのか!!」
ガン!と椅子から立ち上がった男は、学生達よりも大きな声で叫んだ。注目を一身に浴び、ヒラキはハッとした様子で肩を縮ませ座り直す。
「…ああ。昨日貴方が帰った後一悶着あってな。…殺されかけた」
また青ざめた顔に戻ったヒラキは「…ごめんなさい」と小さな声で謝る。彼が何に対して謝っているのか分からないがやはりなにかウィルソンの昨日の暴挙について知っていることがあるらしい。
「なにかあるのか?」
「え、あ、えっと……、もしかして恋人とかいらっしゃいます?」
「いや」
「じゃあご結婚されてるとか…」
「していない。」
ヒラキはいつかウィルソンがした質問と同じことをノエルに問いかける。そして「………じゃあなんで…」と右手の人差し指を無意識か噛んで視線を忙しなく動かすのだ。
「心当たりはある。あの男に好意があると伝えた」
「…え?えっと……君が言ってるのはその、…」
「恋愛感情だ」
ハッキリといったノエルに彼は目を見開いて驚いている。だが直ぐに頭を抱えて項垂れるのだ。
「何か知ってるなら教えてくれ。」
「……えっと、俺が言うのは…良くないと思うので…」
「何があいつの地雷か分からないとまた踏んでしまう。」
「…踏む前に離れる、という選択肢はないんですか?早い方がいい、…絶対に…離れられなくなる…体は出来ても、心は…」
虚ろな表情で男は取り憑かれたようにブツブツと呟く。ヒラキはウィルソンの地雷を踏み抜いたことがあるのだろう。ならば尚更知りたい。
「…俺は貴方のように繊細じゃない。それに知らないままで二度目が起こったとして次は殺されるかもしれない。ヒラキさん、貴方が話さないことで」
卑怯な言い回しだ。ヒラキが話さなければ殺されるかもしれないと脅しているのだから。…効果てきめん、ヒラキはその言葉に動揺して呼吸が浅くなる。
「…わ、分かりました。簡単に説明しますと、アイツは病的に…恋愛に対して否定的なんです。」
「…成程、俺が勢い余って伝えたことは良くないことだったということか。そういう人間がいることもあるだろうな。」
「……例えば道端のカップルだったり、…妊婦さんだったり、…手を繋いでる親子だったり…番の鳥にだって…連想されるもの全てアウトですよ…」
「…それは重症だな。」
どこか呑気なノエルに、ヒラキは前のめりになって声を荒らげる。
「重症なんてもんじゃ済まされない!…親しければ親しいほど、アイツは自分と同じ感覚を強要するんだ…。」
いつもビクビクしているくせに、ウィルソンの事になると男は堂々と話せるらしい。ヒラキは全て実体験を語っている、…やはりそれに気に食わないとノエルはテーブルの下の拳を握った。
「…恋愛に否定的と言っていたが、そこに恋だの愛だの含まれない純粋な性欲だったら?それこそ病的な支配欲だったら?」
あの体を支配できるのなら正直心など後でいい。ウィルソンが心は要らぬと言うならそれはそれで受け入れられる。ただノエルは手離したくない。
あの男が他の誰かに抱かれ、支配される事を望まないだけだ。
「き、…君は何言ってるの?…あいつの事が好きで、告白したんじゃないのか?」
「自分のものに出来るのなら、性欲も支配欲も綺麗事で覆い隠そうとしただけだ。」
ピクピクと口の端を痙攣させ、ヒラキはその色合いの違う瞳に小さな怒りを滲ませる。まるで自分が侮辱されているかのようだ。
「…ヤリたいだけって事か。」
「もちろんそれもある。…お前も男なら分かるだろう」
「一緒にしないでください、俺には分からない…心のない行為なんてただのケダモノだ!」
テーブルの上でカタカタと震える拳の振動がこちらまで伝わってくる。
何がただの顔見知りだ。きっと二人の間には強固な絆があるのだろう。それはノエルの支配欲を膨らませるだけだということにヒラキは気がついた方が良い。
「なんと言われようと俺の意思は変わらない。それに貴方からいい事を聞いたおかげで今後の付き合い方が分かった。また知りたい事があれば連絡する。安心しろ。王国民の件はちゃんと調べる」
悪役 にでもなった気分で、ノエルは一方的に話を終わらせた。
取り残された男は、「なんでアイツは人を見る目がないんだ…」とテーブルに頭を擦り付ける。周りの視線が突き刺さって、そそくさとその場を離れた。
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