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第33話
食事を済せ、ノエルは帰宅する予定だった。だが今二人はジャリジャリとガラスの破片が転がる道を違法建築の隙間から漏れるネオンの明かりを頼りに進んでいるのだ。
「相変わらず汚い街だなあ」とその美しい横顔は隣を同じ歩幅で歩く。
『自宅に取りに行きたいものがある』、ウィルソンはそう言って別行動を望んだがノエルはなんだかんだと理由を並べ付いてきた。
エレモアシティーの最西端、まさか一番治安の悪い場所だとは思っていなかったが、男の事をもっと知りたいと思っているノエルにとっては良い刺激だ。
積み重なった瓦礫の隙間から誰かがこちらを覗いている。物乞い?はたまた強盗かは分からない。ノエルは周りを警戒しつつ進む。
「そんなに怖がらなくても大丈夫、ここら辺の人間は手を出してこないさ」
くすくすと笑うウィルソンは、旗のように鉄骨に括りつけてある青色の布を見つけるとその角を曲がる。
すると最新の技術などない、古い住宅が密集したエリアに繋がっているのだ。
「よお〜、ビューティ、久しぶりじゃないか」
今にも倒壊しそうな古い三階建てのアパート、その階段に座る中年の男は酒瓶片手に飲んだくれている。階段の手すりに立て掛けてある散弾銃は、見せかけだけの玩具では無さそうだ。
薄汚れたキャップからはみ出た髪はもじゃもじゃで、ニカッと笑った笑顔は前歯がない。それを隠すこともなく堂々としている。
(なんだコイツは…)と不快感を覚えるノエルを庇うようにウィルソンは一歩前を行く。どうやら彼らは知り合いのようだ。
「その呼び方はやめてくれと言ったろうに。」
「なぁんだ〜?いいじゃないか!…ところでそいつは誰だ?連れ込むにしちゃデカい…それに随分と…趣味変わった?」
男はノエルをじっと見て、歯茎を剥き出しにして笑う。生理的に受け付けない不潔さだ。恐らくウィルソンの部屋は二階か三階なのだろうが、そいつが階段から退かないので通るに通れない。
「…そんなんじゃない。荷物を取りに来ただけだ。道を開けてくれると助かる」
「荷物、荷物かあ。……もしかしたら全部壊れてるかもしんねぇよ」
「…壊れてる?どういう事だ?」
「変なクソガキ三人組がお前さんの部屋から出てきた所を見たんだ。こいつを振り回したら逃げていきやがった」
男は散弾銃を持ち上げ、誇らしげな顔をする。
「最近おかしな連中がこの辺りをちょろちょろしてやがる。特に王国民をターゲットにしてるらしい。」
ウィルソンはノエルにちらりと視線を向ける。あまりここに長居はしない方がいいだろう。半ば強引に男を跨ぐように登っていくウィルソンの後を嫌々ながらついて行く。
階段の先には三つの部屋がある。そのうちの左端の部屋の扉が施錠されておらずギシギシと音を立てて揺れているのだ。
「…扉が壊されてるな…。全く、ただでさえ古い家なのに。ああ、ここは土足厳禁だから靴は脱いでくれ」と男は何の警戒もなく中へ進む。
唯一その部屋の輪郭を浮き上がらせるのは外のネオンだけだ。一歩進むだけで足先に何かがぶつかる。ウィルソンは手探りで部屋の明かりを付けると、少し恥ずかしそうに顔を逸らした。
「悪いな、お前をこんな汚いところに連れて来たくなかったが…」
狭い空間はホコリが舞っている。物で溢れ、尚且つ荒らされて酷い有様だ。棚や机はひっくり返されて、窓を突き破りガラスが散っている。破片が落ちていそうな場所には近づかない方がいいだろう。
「…もっと汚い部屋を知っている。…さっきの男は知り合いか?」
「ああ。ヤマダさんだ。昔馴染みでね。安心しろ、あの人は悪い人間じゃない」
悪い人間では無いのかもしれないが、見るからに変わっている。
「うーん、何処にいったんだろう」
「手伝う。何を探してる?」
「薬だ。…白い紙の袋に入ってるはずなんだが…」
ウィルソンはひっくり返った机を起こす。現れた紙の山をかき分けて「…ない」と呟いた。
「薬?持病があるのか?」
「ただの鎮痛剤だ」
ノエルも一緒になってそれを探す。この部屋はとにかく物が多い。どこから探していいものやら、ノエルは自分の足元から探すことにする。
するとすぐお目当ての物が見つかった。エレモアシティー総合病院のロゴと内用薬と書かれた紙封筒、恐らくウィルソンが探していたのはこれだろう。
「おい、それらしき物が見つかった。」
「ああ、良かった。見つかって。」
それを手渡すと、彼は直ぐに中身を取り出してブリスターパックから薬を押し出した。それを舌の上に乗せて水無しでゴクリと飲み込むのだ。
「…どこか痛むのか?」
「いや?どこも」
ノエルは本当のことを言わない彼にグッと眉を寄せる。痛くないなら鎮痛剤を飲む意味もないだろう。
(…まあ、俺には言いたくないか)
普通に接しているつもりでも、お互いに距離があるのは確かだ。すぐにそれを埋めたくなるが、彼との付き合い方は程よい間隔が必要だろう。少し前まで距離を保ちたいと思っていたのはノエルの方であったのに、今では立場が逆転している。
「そんな顔するな。別に言いたくない訳じゃない。ただ、変に気を遣わせたくないだけだ。……ほら、長居無用、帰ろう」
「他に忘れ物は無いか?」
「ないと思う。ここには大したものは―」
「―何の用だ!!!」
二人が玄関に向かった時その怒声が響き渡った。誰かと揉み合いになっているのか騒がしくなる。そしてすぐに劈くような銃声が周辺を包むのだ。
ノエルは胸元の拳銃を取り出して何があっても対応できるように静かにドアの隙間から外の様子を伺った。
階段は誰も上ってくる気配がない。
ただ静かで、不気味な光が地面を泳いでいるだけだ。
ここは慎重な行動が望ましい。まずはノエルが下を確認して、何事も無さそうならそれからウィルソンを連れてこの場を離れる。
(…銃声が聞こえて何事も無いことはないだろうが…)
「ヤマダさん!大丈夫か!」
「おい!待て!!」
ノエルが外に出ようとした時、後ろの男が何も考えずバンッと扉を開け放ち一目散に階段を駆け下りる。
その後を直ぐに追いかけて、ノエルは階段に凭れかかり苦しそうに肩を抑えるもじゃもじゃ頭の男を発見した。しかし、ウィルソンの姿が見当たらない。
「何があった!ウィルソンは?」
「さっき話した連中よ、…くそ、一人は鉛玉食らわせてやったけどよぉ……。ビューティは俺の銃をかっさらって追いかけて行った」
「…あの馬鹿野郎が…。どっちに行った?」
「道路出て右だ。おい!おめぇまで行くつもりじゃねーだろな!俺を病院に連れてけよぉ〜!」
ノエルはヤマダに「自分で行け!」と吐き捨てて男の元へと急ぐ。
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