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第36話
灰色の天井が朦朧とした意識の中に現れた。誰かが話している声も徐々に耳に入ってくる。
「それにしても上の連中は何考えてんすかね」
「…さあね…。私にも分からない」
(…ローレン部隊長…とサコダか)
何故彼らがノエルの傍にいるのだろう?そして今自分が寝ているのはどこだ、とノエルは重たい体をのっそりと持ち上げた。
「………」
腕に刺さった点滴、薬品の匂い、お見舞いの綺麗な花が生けてある。
(…病院か。俺はどうやら生き延びたらしい…)
足先から指先の全ての感覚がある事にノエルはホッとした。
「あ!!!先輩!!!!良かった〜!目が覚めたんすね!!」
サコダはノエルに気がつくと、病室という事を忘れて大声で騒ぎ出す。馴れ馴れしくノエルの腕にしがみつく男に「…やめろ」と言う元気はどうやらある。
「目覚めないかと思ったすよ〜!!重体だって聞いてたから……良かったあ!!」
感情表現の激しい彼は、嬉し涙なのかおんおんと叫ぶ。特に親しくない同僚にそこまで出来るのはある意味凄いことだ。
「…俺はどれくらいここにいた?」
「一週間すよ。まさか先輩に限ってこんなことになるなんて思ってなかったす。通行人に感謝すね」
「…………」
ノエルの目玉は既にウィリアム・ウィルソンを探している。恐らく病院まで運んだのは彼だろう。その後どこへ行ったのか気になって仕方がない。
「サコダ、先生を呼んできて」
ローレンはサコダを引き剥がし部屋から追い出す。急に静かになった病室に仁王立ちする彼女は言葉を選んでいるのか額を押さえつけた。
「…デリカロッドに勤めていた王国民三人の消息を調べていたそうね。」
「…」
「隠さなくていい。サコダから聞いたわ。」
「………色々と疑問に思うことが多くて」
恐らくサコダが彼女に詰め寄られて口を割ったのだろう。ノエルが隠すべきは不死身の男の一点だけ、それ以外は元々ローレンには話すつもりだったので否定しない。
「全く、それで治安最悪の西区に言ったということ?…命が何個あっても足りないわ。」
「…」
「聞きたいことは色々とあるけれど、今日は止めておく。来週までは病気療養を取っておいたから暫くはゆっくりしなさい。」
彼女は「忙しいから見舞いはもう来ない」と肩頬を釣り上げ笑うと、颯爽と踵を鳴らして出口へと向かった。
「あれ、もう帰るんすか。」
ちょうど入れ替わりでやってきたサコダの襟首を引っ張って、「仕事が山積みよ。」と帰りたがらない彼を引き摺るように退室する。
「また来るっすから!ゆっくり休んでくださいねー」
「…ああ」
騒がしさが少し恋しい。ただ点滴の落ちる音を想像するだけなんて気が狂いそうだ。
(……俺は撃たれた)
王国打倒委員会の少年が放った弾は腹を貫いた。ノエルは自らの腹を探り、腹の右上、肝臓の当たりだろうか?包帯が巻かれている部分を発見する。
(痛みは無い…)
恐らく点滴に痛み止めでも入っているのだろう。流石に包帯を外して生傷を見る勇気はない。大人しく捲った服を元に戻して、花瓶の花をぼんやり眺める。
(にしても俺が入院する羽目になるとは…)
「―ノックノック、入るよ」
ガラガラ、と開け放たれた扉の奥には、白衣を着た医者が体を揺らしながらやってきた。大きな牛乳瓶眼鏡をそのかぎ鼻が受け止め、散らかった白髪はおかしな方向へ向いている。
「良かった良かった、目が覚めたね。自己紹介をしよう、君の主治医の|D《ディン》・ローランド、よろしくね。あーそうそう、君の名前と生年月日を言ってね」
「…ノエル・アーサー、十四年の十二月二十五日生まれ」
「クリスマス産まれかぁ。あれでしょ、誕生日とクリスマス一緒くたにされちゃうやつ」
彼はパイプ椅子をドカッと広げ、ゆったり腰を下ろす。そしてノエルの目にライトを当て、次に首にぶら下げてある聴診器を当てる。ノエルはされるがままじっとしているのだ。
「どう?傷は。痛む?」
「…いえ」
「だよねぇ。薬が効いてるのかな?」
Dはよっこらしょと椅子から立ち上がり、眼鏡を親指でぐい、と持ち上げる。その独特な仕草は彼が少し変わった人物である予兆だとノエルは偏見を持った。
「俺はいつ退院出来る?」
「明日色々なんやかんや撮って大丈夫そうなら来週には退院かなあ」
「…俺は重体だったと聞いた」
「うん、そうだよ。良かったね〜。早い処置のおかげだ。じゃあ、諸々は明日話そう。今日はゆっくり休みなさい」
彼は色々と知りたがるノエルを煙たがるように話をさっさと終わらせる。「この病棟から出ないようにね」と念押しして、ノエルは再び一人になった。
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