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第39話

 何があったのか、それを聞かなくとも分かる。彼は今までに何度も何度も危ない目にあってきたのだから。   「…大丈夫か?」    ちらりと視線を隣に向ける。両腕で自分を守るように体を抱きながら、浅い呼吸を繰り返すのだ。歩く事も辛そうにしている癖に、彼は「…何のことだ」と誤魔化した。    ヒラキはエレベーターを呼びつけて彼らの事について踏み込むかどうか迷った。   (俺にはもう関係ない事だけど…ウィリアムが良いようにされて黙ってるわけが無いし…)    何か弱みを握られているのでは?と変に勘ぐってしまう。特にあの男はヒラキが見てきた中で一二を争う地雷だ。それは長年の勘と言うやつでなんの確証もないが。    エレベーターの扉が開き、二人は無言のままその狭い空間に閉じこもる。一階のボタンを押して、後は降っていくだけだ。 「あの人と何かあった?…」 「……」    じんわりと額に滲む汗がこめかみから頬を伝い落ちた。男のソワソワと揺れる体がヒラキにまで伝染してしまう。   「…何かされたなら―」 「お前は私と絶交するって言ったじゃないか。…だから関係ない」  男の言葉にヒラキはぐっと喉が締め付けられる。確かにヒラキは以前男に絶縁宣言した。だがそうさせたのはウィルソン自身だ。   「関係ない、そうだな。…まあ単純に俺が余計なお世話を焼いてしまっただけだ。だけどこれだけは言わせて欲しい、前々から思っていたんだがお前はその、…趣味が悪い」 「趣味?…どういう事だ」 「なんというか…アレな感じの人とばかり仲良くするだろ。」    人を自然と見下し、…それでいて支配欲が( すこぶ)る強そうな見えている地雷を踏みに行く。彼はそのような人間を惹き付け、"信頼"出来る友人だと本気で思っているのだ。   「私の友人を馬鹿にしてるのか」 「…馬鹿にしてる訳じゃないよ。でも現にお前が信頼してたであろうあの人はどうだった?」    ヒラキはあの男が自分の支配欲と性欲を満たす為に利用している事を知っている。だからこそ見て見ぬふりは出来ないのだ。   「……あいつは"安心する"と言っていたから…」 「…安心させられるなら体を許すということか?」 「そんな事は言っていない。もういいだろ、この話は」     彼が頑なな態度を取るから、ヒラキもまたぶっきらぼうな言い方になってしまうのは仕方がない。ちょうど開いたエレベーターに感謝だ。    男を置いてさっさと降りる。   「ヒラキ」    そう呼び止めたウィルソンは、青い顔のまま「心配してくれてありがとう」と弱々しく呟いた。その頼りない笑顔は後ろ髪をグイグイ引っ張る。    地球の裏側まで逃げて、可愛いお嫁さんを貰い、平凡に生きたい。そう思っているのに。   「…気をつけろよ、色々と。…何か起きてからじゃ遅いんだから…あと薬、無くなりそうなら貰っておけよ」 「うん、そうする」   結局ヒラキは絶縁すると言いつつ、彼を放っておくことが出来ない。    (俺ってどうしようも無い奴だ…)    

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