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依存関係 第41話

誰も居ない薄暗い居間は、もはや男の領域と言わんばかりだ。ソファーの下には作業途中の工具が散乱して、テーブルの上には自分専用の青色のカップが放置されている。部屋の主は退院してから仕事が忙しく殆ど帰宅していない。    片付けなければ、そう思ってもウィルソンはそれどころでは無かった。ソファーで体を抱くように丸めて、恐怖に耐えているのだ。   (おかしい)    じくじくと体が疼く。発散されることの無い性は、蛇のように這いずり回るのだ。   (くそ…私はおかしくなったのか)    舌先が覚えている感触がいつまでも離れず、また疼きが襲いかかった。悍ましい性欲が日に日に強くなっている気がする。   「気持ち悪い…」    腕に突き立てる爪が肉を抉るように引っ掻いたせいで四本の筋になった。直ぐに無かったことになるが、小さな痛みだけそこに残る。   何故あのような卑猥な口付けをしてきたのか、どうして毛嫌っている行為に、この体は滾るのか。   (…でも、あいつは安心すると言っていた…)    もしそれが本当なら、穢らわしいのは自分自身だ。ノエルはとてつもない不安を抱えていたに違いない。死にかけて、…見舞いに来てくれる家族も恐らく彼にはいないのだ。   『お前は誰からの好意も受け取らない。…誰のものにもならない。』   『それで十分だ』、そう言ってくれた男の言葉を信じたい。自分を殺してまでウィルソンと一緒に居たがっている、それは素直に嬉しかったのだ。   (…それに…私は取り返しのつかない事をしてしまった)        思い悩むウィルソンに寄ってきた掃除ロボットは、『登録名ヤマダ、カラ、着信デス。応答シマスカ』とその埃被ったボデイーをクルクル回した。   「ああ、繋いでくれ」    ぽん、という機械音の後、映し出されたモニターには憎めない歯抜けの笑顔を浮かべたヤマダが写っている。彼の働くスクラップ工場を背に、片手間で連絡したのだ。    『よぉビューティ。元気してるか?…うーん、なんか暗ぇ顔してんなあ』 「まぁぼちぼちだ。…ところで何か用か?仕事をサボってまで私に連絡するとは…」 『一応買い手が見つかったから連絡入れた。ガキのモツはすぐソールドアウトよ。』    彼はグルグルと右肩を回して『お陰で肩の治療費に充てられそうで助かった』と上機嫌だ。    ウィルソンは時々ヤマダに処理を頼むことがある。彼は 顔が広く、そして仕事も早い。報酬は死体の臓器の値段だ。   「それで?話は終わりか?」 『いや、本題はそれじゃねーんだ。実は知り合いから"イロメキ劇場"のチケットを貰ったんだ。お前ぇそういうの好きそうだからよ。いるか?』     劇場、と聞いてウィルソンの瞳はキラキラと輝いた。   「いいのか?じゃあ貰おうかな」 『あの弱そうなお前のオキニと行ってくりゃいい。気分転換にもなるだろうよ』 「…ああ、そうだな。誘ってみるよ…。じゃあまたな」    ウィルソンはヤマダとの通話を終わらせ、再びソファーに体を委ねる。するとすぐメッセージに二枚の電子チケットが送られてきた。イロメキ劇場、王国物語の公演だ。   (ヒラキを誘おうか…。この間普通に話したからもしかしたら…)    ウィルソンは直ぐにデリカロッドの事務室へ連絡する事にした。そして事務員の女にヒラキに繋いで欲しいと頼み、暫く保留音を聞いている。    このどうにもならぬ不安をヒラキならば落ち着かせてくれる、そう知っているからこそ相手の気持ちなど全く考えること無く行動するのだ。   『…はい』    応答した男の声を聞いて、ウィルソンは自然と顔が綻んだ。   「ヒラキ?私だ。」 『ああ…ウィリアムか。どうかしたのか?』 「実は王国物語の公演のチケットを二枚貰ったんだ。明日なんだが…一緒にどうだ?」 『悪いけど仕事だから…』    断られるかもしれない、とは分かっていた。突然の誘いであったし、一日中暇しているウィルソンとは違う。   「そうか、…清掃か?新しい社長はどうだ?酷いことをされていないか?」 『うん、まあ…』 「体調は?…無理をして仕事していないか?」    口がいつもより動くのは不安からだ。少しでも長くヒラキと会話することで安心を得る。自分勝手だと我ながら思うが、彼の与える安心が欲しい。きっとノエルも同じ感覚だったのだろう。   『…話はそれだけ?…お前も大変なんだろうけどもう…』    電話口の男はやんわり終わらせたがっている。そこでようやくウィルソンは『絶縁』された事を思い出し、先程より強い不安に襲われるのだ。   「…あ、ああそうだったな。悪い。一人で行くことにするよ」 『うん、そうしてくれ。…じゃあ忙しいから切るぞ』    ブチッとヒラキは電話を切った。静かな室内が全身を包んで、思考を悲観的な方向へ持っていくのだ。   (…私はヒラキの優しさに付け入ろうとしたんだ。最低最悪だ)と酷く落ち込む。体の熱は冷めたが、どうしようもなく心の隙間を埋めたくなる。    「…そしてその隙間をあいつで埋めようなんて…」    その白い指先で、通信モードを掃除モードに切り替えておいた。騒がしく足元を駆け回るソイツの事など意識の外だ。      ちょうどその頃帰宅した男の足音も耳に入らぬほど。    

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