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第42話

「…ただいま」    ソファーで項垂れる男にそう声を掛けたノエルは散らかった部屋に眉を寄せた。溜まっていた仕事がようやく片付いてゆっくり寛げる、そう思って帰宅したがまずは掃除をしなければならないだろう。   「…ッ!?…ああ、おかえり…」 「今日は起きていたんだな。いつも出る時声をかけていたが…」    恐らくだが寝たフリをしていたのだろう。それはとても腹立たしいが、家から居なくなっていない分マシだ。   「…ああ、さすがに毎日寝てばかりはいられない」    ノエルはジャケットをソファーに掛け、散らかったテーブルの上に買い物袋を置いた。隣に座るとウィルソンは距離を保ちたいのかソファーの端ギリギリまで避ける。   「さすがに傷つくんだが」 「悪い!そういうつもりでは…」 「俺が気持ち悪いんだろう。」 「違う…」   確かにノエルは急ぎ過ぎた。あの時は完全に性欲に支配されていたのだ。ヒラキに邪魔をされなければ、恐らく嫌がる男を力で捩じ伏せて犯していたに違いない。   (クソ、あの冴えない男が一々チラついてストレスだ)    病室から消えた二人はあの後何を話した?…ノエルにしているように、ウィルソンはヒラキに触れて安心している?  苛立ちが強くなる前に、悪い方に考えずここは"意識されている"と捉えることにする。   「…違うなら」  ノエルは男に手を差し伸べた。ギュッと瞑る目、強ばる体。その頬に触れた指先を全身で拒絶している。首筋まで下りた手のひらが鎖骨を撫で回しても、男はじっと堪えているだけだ。   「…ッ…の、ノエル…。」 「殴らないのか?…嫌なら拒絶してくれ」  「お前は…安心するからこういう事をしているんだよな?」    そんな訳がない、きっとウィルソンも分かっているだろうと思っていたがどうやら違うらしい。穢れを嫌い、遠ざけてきたからこそ他人の下心に疎いのだろう。   (…心配になる純粋さだ)   「………そうだな。お前に触れると安心する。きっと俺には安心出来る人や場所がなかったから過剰だったかもしれない」     彼はその言葉を聞いて暫く沈黙した。そして真面目な表情で体をノエルの方へ向けると、心地の良い声で「疑ってしまってすまない。」と謝るのだ。    ノエルの良心がチクリと傷む。嘘をついている訳では無い。ウィルソンに触れると安心する事にはする。ただそれよりも下心が大きいだけだ。   「…そうだ、お前に渡すものがある」    ノエルは話題を変えるべくテーブルの袋から黒い紙袋を取り出した。それを男に手渡して、中を見るよう促す。   「…なんだろう?」とウィルソンは紙袋の中身を取り出した。そこには手に乗る大きさの黒い箱が入っている。   「時計?これを私にくれるのか?」    紺色のベルト、品のあるプラチナシルバーのベゼル、三針のシンプルな文字盤は、ノエルが男に似合うと思って選んだデザインだ。   「こう見えて多機能だ。…何かあった時連絡が取れる。それに俺のカードも登録しているから金に困ったら使えばいい」 「誕生日でも無いのになんだか申し訳ないな…。付けていいか?」    彼は右腕に時計を付けようと箱から出した。だが慣れていないのかモタモタしているので、ノエルが付けてやる事にする。    微かに震える手首にそっとベルトを巻き付け、尾錠にそれを通していく。取れぬようきっちり取り付けて、ノエルはあまりにウィルソンに似合っていてうっとりと眺めた。地味すぎず、かと言って下品なデザインではいけない。洗練されていなければ。    自分が選んだものを身につけさせる高揚感は凄まじい。ノエルはもっとこの男を自分のものだと分かるように変えていきたいと考えている。   「…ありがとう」と少し緊張の解けた男はそれが自らを縛り付ける位置情報発信機とも知らずに嬉しそうだった。    

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