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第43話
スポットライトに当たる彼らは、その役になりきって演技している。『王国物語』は、王国が繁栄し滅亡するまでのわかり易いストーリーだ。勿論間違っているところや美化し過ぎているところもあるが。
客の入 が良くないのは、演目内容と立地の問題も一つの要因だろう。エレモアシティーの上部は殆どが帝国派の人間の集まりだ。勿論差別的な人間ばかりでは無いが、気が付かぬうちに見下しているのだ。
「大変だー!帝国兵が攻め込んできたぞ!」
一階のS席にも関わらず、両隣には誰もいない。最前列には熱狂的なファンが陣取っているが、後の客は居眠りしているかウィルソンのようにぼんやり眺めている客だけだ。
「きゃー!やめてー!」
「げへへ、大人しくしろ!」
(…酷い大根役者だなぁ。)
一人で来てある意味良かった、ヒラキは恐らく船を漕いで眠ってしまっただろう。ノエルを誘おうかとも思ったが、掃除ロボットが最近ゴミを吸わなくなった理由を追求されるのは面倒だ。
ノエルは通信手段が無いと思ってウィルソンに腕時計を買ってくれたのだろう。まさかあのロボットが外部と連絡が取れるとは考えない。
(…しかし、高かったんじゃないだろうか)
右腕のプラチナがキラリと光る。着け心地も良く、見た目も機能も良い。彼はその中のカードも自由にしていいと随分太っ腹だ。だからこそ自分の行動一つ一つに罪悪感を感じる。劇中だと言うのにウィルソンは俯き、ぐっと奥歯を噛み締めた。
(…私はあいつに対して…気持ちの悪い欲望を…)
「―おい!誰だお前!下りろ!」
やけに迫真の演技をする役者がいる。ふと顔を上げると、いかにもなヤツらが主役の男に向かってピストルを突きつけている。世界観の欠片もなく、そして統一感のない服装の男女はざっと十数人程だろうか、まだ若い。
眠っていたサラリーマンはその怒声にも目を覚まさない。ぼんやりと眺めていたほかの観客もこれは演劇の内容の一部?と戸惑った表情をしている。
ゾロゾロと彼らは舞台から客席へ降り立ち、出入り口を塞いだ。
「我々は『王国打倒委員会』会員だ!」
そう宣言して初めて、客席がどよめく。確かに演目が王国に関するものであったから可能性はある。しかし王国民やその文化を破壊したいというのならこのスカスカの劇場をリスクを犯して襲撃するのは賢くない。
(…勘弁してくれ。何故私が芸術を嗜もうとすると邪魔が入るんだ…)
ウィルソンは帽子を深々と被り、大人しく席に座っている。
「助けてくれ!俺は帝国民だ!!身なりを見ればわかるだろ!」と情けなく喚く老人は、まさに気が付かぬうちに見下している人間の代表だ。
「騒ぐな!大人しくしてろ!…おい、誰一人ここから出すなよ」
いつもならば銃を乱射して手当り次第殺りそうだが、今回はやけに大人しい。まるで誰かを探すように、彼らは客の顔を覗き込んでいる。
(………非常にまずいな)
そのうちに二人ほどが両脇からこちらへやって来る。狭い通路が塞がれ逃げようにも逃げられない。
気の緩みのせいか?確かに最近付き纏われることも無かったから油断していた。…ただ運が悪かっただけか?
そういえば、ヤマダが一体誰からチケットを貰ったのか聞いていない。
(まさか、…ガキの死体を漁ってる時にくすねたんじゃないだろうな…)
「おい、帽子を脱げ。」
ついにそう言われてしまう。最悪椅子を飛び越えて逃げることも考えたが、彼らの手にはピストルがぶら下がっているし、出口にも見張りがいる。
「………すまないが、帽子が離れたくないと言っているので断ってもいいだろうか」
「はあ?何ふざけたこと言ってんだ。」
「ふざけたつもりは無いよ。ただ帽子 がそう言うものだから…」
ウィルソンは時間を引き伸ばすため適当なことを言ってのける。貰ったばかりの腕時計でどうにかノエルと連絡が取れないかコソコソと試すが、如何せん昨日貰ったばかりなので扱いに慣れていない。どこをどう押せば連絡できるのかちゃんと確認しておくべきだった。
パッと背後から忍び寄った手によって持ち上げられた帽子は、空を舞って地面に落ちる。
「―そいつだ!間違いねぇ!」
舞台で役者を人質に取っていた一人がそう叫んだ。ウィルソンは反射的に身を捩り逃げようとするが、この狭い通路では思うようにはいかない。
「逃げようなんて馬鹿なマネするなよ。お前が暴れたら他の人間を殺す」
銃口を背中に押し当てられ、正面からはギラリと光るナイフが構えている。頬に掠めた刃にゆっくり皮膚が傷つき赤黒い血がドロリと伝っていくのだ。
他の客が殺されようがどうだっていい、と人間性を捨て去り自分勝手に行動するのは簡単だ。だが彼らは一つしかない命、ウィルソンと同じ基準で扱うのはさすがに気が引けた。自分が呑気に劇場へ行かなければ巻き込まれなかったかもしれないのだから。
「私をどうするつもりだ?」
「黙ってろ!…お前のせいで弟は…」
ナイフを持った男は憎しみに満ちた表情をしているのだろうが、暗いのでよく分からない。先程切れた頬がピリピリと痛み続けて嫌な気持ちだ。
「弟?何の話だ?」
「このクソ野郎!殺した奴のことなんて覚えてねぇってか!?」
振りかざした切っ先は、首元を狙っている。ウィルソンは庇うことなく白い首を晒した。頸動脈を切れば、大量の血が噴水のように彼らに降りかかるだろう。それを狙っていたのだ。
痛みは後からどうにでもなる。薬も家に帰れば置いてある、…最悪またリセットすれば良い話だ。
「おい!出血させるな!…そいつの血は毒だからな」
だが思惑通りにはいかないようだ。背後の男はあと少しの所で制止した。舌打ちが漏れるウィルソンの背中を銃口で突くと「歩け」と偉そうに命令するのだ。
「向こうに行ったらたっぷり可愛がってやるからな」
周りの視線が一点集中でウィルソンに集められる。仕方がない、ウィルソンは指示通りゆっくり歩みを進めた。
一人で来て良かった、と再度心の中で呟く。後のことはまだ考えついていない。
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