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第46話

 それは随分懐かしい記憶だった。『お前は今から人間爆弾だ!敵が来たらそのスイッチを押せ!』と焦点の合わない目で上官に告げられ、ウィルソンは思わず苦笑いする。有無を言わさず着せられた爆弾付きのチョッキは誰かの汗でほんの少し臭い。    その発想は無かった。追い詰められた人間が考える事は時としてとてつもなく残酷で効率的だ。   『おかしいだろ!!人間爆弾なんて…!』    彼は自分の事のように声を荒らげて怒った。普段は人に合わせてばかりだが、そういう時は頼りになる。   (…寒くて眠れない)    嫌々だが抱きしめてくれるあの腕に包まれて安心したいと甘ったれた考えが頭を過る。    ウィルソンは王国打倒委員会の連中にそれはそれは懇切丁寧にここへ運ばれた。勿論銃は突きつけられていたし、『お前が抵抗すれば他の人間は殺す』と少しの脅し付きだが。    彼らも下手に傷をつけると自分たちの身が危ない事を理解しているのだろう。      一、二時間ほど前、窓一つないそこに拘束されるでもなく押し込まれたのだ。壁に古い血のシミがついて、冷たいタイルが体温を奪い、普段暑がりのウィルソンでさえ寒いと感じるほどそこは底冷えしている。扉は蹴ったり殴ったりしてみたが厳重な管理がされているようでビクともしない。   「ゔぅ…」 「……大丈夫か?」    腫れ上がった顔、乱れた服、焼け爛れた手足。指は何本かおかしな方向を向いている。うめき声を上げる女性は苦しそうだ。綺麗なままのウィルソンとは対極的である。彼女はウィルソンが押し込まれる前からここにいたようだ。   「…大丈夫に見えんのか」と細い声が強がってそう言った。見るからに大丈夫ではなさそうだったのでそう聞いたのだが、精神は屈強な女らしい。   「…まぁ、痛そうではあるな。私は手足が自由だ、何か手伝えることは?」  彼女は呻きながらどうにか壁を背に座る。   「あたしの傷に集ってる虫をどうにかしてくれ」と掠れた声で呟いた。ウィルソンは「分かった」と彼女の元へ駆け寄る。    傷口が白くなっているのは蛆が集っているからだ。酷い匂いが鼻を突いたが、態度に出さぬよう心がける。   「まずは腕から取るから、動かないでくれ」     掬うスプーンが欲しいところだがそれは無いので傷に触れぬよう蠢く蛆虫を引っ張り出した。取ったそれらは一箇所に集めて後で踏んで殺しておくことにする。     「どれくらいいる?…傷の状態は酷い?」 「…うーん、そこ数匹だ。大丈夫、大したことは無い」    腫れ上がった瞼に邪魔をされて目が見えていないのだろう。嘘をついたのは、彼女の精神状態がこれ以上傷つけられないためだ。   「…あんたは拷問されてないの?」 「…今のところはな。それにしてもお前は何故こんな事ををされた?組織を裏切ったのか?それともスパイか何か?」 「…そんな感じ。あんたこそなんで?」 「私は…その、連中にとって利用出来る存在だったらしくてね。」   こちらにもあるように、向こうにも知られたくない事情がある。それ以上は話を広げないことにした。     タイルの上に溜まってきた蛆を一旦踏み潰す。プチプチと弾ける感触が靴から足の裏に伝わった。まだ全て取りきるには時間がかかりそうである。   「どうにか逃げ出せないかなぁ。」 「…無理だ。あたしもできる限りの事はした。それに二人も同じ部屋に入れるってことは協力しても開けられない自信があるはず」 「…確かに。…」    ウィルソンは自身の右手首を見る。せっかくノエルから貰った腕時計は金になると早々に奪われた。それが唯一外部との連絡を取れるものだったというのに。   潰れた蛆の上にまた新たな蛆が溜まる。またそれを踏んで、その繰り返しをしている。ようやく腕の傷が見えてきた頃、彼女はポツリと呟いた。   「もういいよ。…疲れたでしょ」 「いや、私は大丈夫だ。」 「目も見えないしもう動けない、…こんな状態じゃ…」    気丈に振る舞い続けることは限界がある。無傷のウィルソンが出来ることは安心する言葉をかける事だけだ。   「…私の知り合いがきっとどうにかしてくれる。ここから逃げる事が出来れば病院に行って適切な処置をして貰えるだろう。一緒に逃げよう。」 「…そう、だね。」    動けない彼女に、気休めの言葉を掛けることは決して残酷では無いと思いたい。    

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