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第49話
不安というものはどこからか必ず元凶があってやってくる。例えば暗闇から突然敵兵が現れて銃剣で突き刺されそうになったり、泥水を啜ってその辺の虫を貪り食っている時、…とにかく不安には理由があるはずだと。
(俺が誘いを断らず一緒に行っていれば……)
ガリ、ガリ、と音が聞こえるほど噛み締めた唇は罪悪感やら不安やらを落ち着かせるために犠牲になっている。血の味が口に広がると何故かホッとして、ヒラキの体は無意識に自傷を続けた。
「お、おめぇ大丈夫か?」
「…はい?何がですか」
ヤマダは普段笑顔を絶やさぬ陽気な性格だが、そんな彼でも歯抜けの口元を引き攣らせることもある。不安で唇をズタズタに噛みちぎりながら闇から現れたヒラキに、アパートの階段で酒盛りしていたヤマダは驚きのあまりひっくり返った。酔いが一気に覚めたのだ。
「様子がおかしいからよ。…ところでビューティはいねぇよ。最近殆ど帰ってこねぇ」
「ニュース見てないんですか?」
「ニュース?見てねぇなあ。そういえば俺がやったチケット使ったんかね。兄ちゃん誘われなかった?イロメキゲキジョーの!」
ヤマダは酒瓶の飲み口に口をつけてごくごくと喉を上下に動かす。そして酒臭い息を「ぷはぁ」と吐いた。
「あ!その顔を見るに誘われなかったんだな〜。…ならこの間連れてきたノッポの黒いやつでも誘ったんかね。見た目はいい男って感じだったが俺は好きじゃねぇなあ」
「…あの人ここに来たんですか?」
「おう、なんと言うかゴミを見るような目で見られたんだ。感じ悪い男だった。ありゃビューティを狙ってるね」
(ウィリアムが自宅に他人を連れてくるなんて…)
「…俺、急いでるので」とヤマダを跨ぐようにして二階へ上がった。
ガリ、とまた唇の肉が切れる音がする。生暖かい血が顎を伝い落ちて、ヒラキは自傷している事に気がついた。その血を拭って二階のウィルソンの部屋へ向かう。
壊れた扉の先には大量の物がぐちゃぐちゃに散乱していた。彼は電気をつけて、迷うことなく床の上の物をかき分け床下収納を探し当てる。
そこを開くと沢山の工具が現れた。中にはヒラキがウィルソンに貸したの物もちょこちょこ混じっている。その工具の更に下、アルミフレームのハードケースを床の上に掘り出した。
正直それを開けるのは気が引ける。ヒラキの目に触れぬよう随分昔にウィルソンが箱の中に隠して保管していた。
ゴクリと唾を飲み込んで、呼吸の乱れを感じながらその冷たいケースに手をかける。
「…ロックがかかってるな…四桁の数字か…」
ヒラキはまずウィルソンの誕生日を入れてみるが、どうもそれでは無いらしい。三回間違えると開けられなくなってしまう。初期設定の番号を入れてみるがそれもハズレだ。
(これが開けられないと…)
ぶるぶる震える指先で思いつく数字、『0319』、自分の誕生日を入れてみる。
カチャリとロックが解除される音が聞こえ、ヒラキは何とも言えない表情を浮かべた。ホッとしたような、だが開いて欲しくないという複雑な心境がそうさせる。
「……大丈夫、俺なら出来る…」
その蓋を持ち上げるのが怖い、しかしあの男を助けるにはそのトラウマを乗り越えなければならないのだ。
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