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第53話
「…先シャワー借りたぞ」とソファーに座る男に声をかけた。ノエルはどうやら仕事していたのか話しかけ辛い雰囲気を醸し出している。彼は無言のまま立ち上がると顔を合わせることなく浴室へ消えた。
ウィルソンは濡れた頭を適当にタオルで拭いて、男が座っていたソファーに体を預けた。テーブルの上にはヒラキから取り上げたアサルトライフルが無造作に置かれている。
それを見つめる瞳は寂しそうに過去を懐かしむのだ。もうあれから暫く経つのか、と時の流れに圧倒される。
銃を持つ手がぶるぶる震えていた。浅い呼吸を繰り返して、逃れられぬ不安に苦しむ。彼のそんな姿は見たくない。
(私のせいで、アイツに無理をさせてしまったな。…本当はこんなもの持ちたくもなかったはずなのに。)
ウィルソンは改めて自分の軽率な行動を恥じた。劇場に足を運んだだけだが、ヒラキを傷つけてしまったと酷く落ち込む。
『オイ!オ前!帰ッテキタノカ!』と騒ぎ出す掃除ロボットはボディーに埃が被っている。ダストケースまで弄ったせいかゴミを吸うどころか撒き散らしているのだ。
「…変わらずうるさいロボットだな」とソイツを軽く蹴って、ポケットからある物を取り出した。それは手のひらサイズの身分証明書だ。赤いシミで汚れた顔写真の所には冴えない男が写っている。
(どこかに隠しておかないと…。見つかったら面倒なことになる。…そうだ、まだスペースがあったはずだ)
「おい、クソロボット、ゴミ落ちてるぞ」
『バカ野郎、ソノ手ニハモウノラナイゾ』
「…あーそうかい。」
ウィルソンは部屋の角にガンガンとぶつかるソイツの所まで行って、手際よくダストケースを開いた。そこには少し前に買った小型銃が配線に繋がれ眠っている。
(ここなら大丈夫…)と配線の下に身分証明書を隠し、サッと蓋を閉めた。ノエルが浴室から出てきていないか確認して、何事も無かったように掃除ロボットを床に戻した。
「…これでよし…」
ちょうどやましい作業を終えソファーに戻った頃、ノエルが風呂場から出てきた。彼は静かな足音でリビングにやってくると、砂糖レモンジュース片手にウィルソンの隣に座った。
「…………」
「…………」
以前はノエルに居心地良さを感じていたが、今は少し違う。それもこれもウィルソンの薄汚い性欲のせいだ。二人きり、気を抜けば気持ちの悪い感覚に支配されそうで恐ろしい。
「時計はどこやった」
「…あれは連中に奪われたんだ…。せっかくお前が買ってくれたのに申し訳ない」
真水でも浴びていたのかと思わせるひんやりと冷たい手は時計の無くなった左手首をなぞった。
ウィルソンの感情はその手を今すぐ退けろと命令する。しかし浅ましい体は鳥肌が立っているというのにそれを受け入れるのだ。
「また新しいのを買ってくる」
「高価なものだったんだろう、…私は時間に追われる生活をしていないから」
「俺が不安だ。」
長い指先が頬に上って、ウィルソンの首に掛けられたままのタオルで優しく濡れた髪を拭いた。ただそれだけの事だが一々体が体温を上げ反応する。
「…そういえば、胸の傷は大丈夫か?」
「ああ。痛むこともない。ただ痣が中々消えない」
「そう、か。そのうち消えるさ。」
ノエルはウィルソンの肩に凭れ掛かった。全身が硬直しても彼は気にしていないようだ。
全身の毛穴が開いている気がする。喋っていないと気が狂いそうだ。
ちょうど目に付いた砂糖レモンジュースを指さして「それ、飲まないのか?」と聞いてみる。彼はウィルソンが飲みたいのだと考えたのだろう、ペットボトルの蓋を開けて手渡した。
ウィルソンはその甘いジュースを喉に流し込む。その様子をじっと見つめられ心がソワソワと落ち着かない。
「…そう見詰められると飲みづらいんだが…」
「腹は減っていないのか?監禁されていた時まともに食べていないだろう」
「……ああ、それは大丈夫、食べ物は貰えたんだ。水は貰えなかっただけで」
(…小指を齧って飢えを凌いでいたとは流石に言えん)
鎮痛剤のおかげか痛みが緩和された右手を無意識に隠した。彼はウィルソンの嘘に眉を寄せて無言のままだ。
「…お前は本当のことを何一つ俺に話す気は無いらしい。どうせヒラキさんには本当のことを話すんだろう」
「何故そこであいつが出てくる?関係無いだろう」
「…………」
「…………」
せっかく少し機嫌が直っていたノエルだったが、また逆戻りだ。沈黙が長く続けば続くほど、ウィルソンの体は隣の男の存在を意識してしまう。
(なんでヒラキ?……)
ウィルソンはヒラキのことばかり気にかけて彼に対してちゃんとした謝罪をしていないことに気がついた。帝国警察という立場ながらリスクを犯して助けに来てくれた礼も述べていない。ノエルが不満に思うのも当然の事だろう。
「…ノエル、今回の件は本当に悪かった。…私を探しに来てくれてありがとう」
言葉を聞き終えたノエルは額に手をやって小さくため息をこぼした。
「…この数日ずっと不安だった。気が付かないうちに消えてしまいそうで」
普段表情の乏しいノエルの弱音をウィルソンは放っておけない。どこをどう見ても頑丈そうな男だが、ふと見せる脆さに人間味を感じる。
(だが信頼していいのか?本当に気を許して大丈夫な人間なのか?)
「ウィルソン」
吸い寄せられるように合った目と目は身を翻すタイミングを奪い、肉欲はその唇から抵抗する事を忘れさせる。
獰猛な獣に喉元を喰らい付かれていることも気が付かぬほど、その時理性が死んだ。
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