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第59話

 病人や怪我人が(ひし)めき合う待合室は座るところなどどこにも無い。エレモアシティー総合病院は治安の悪化のせいで患者の数が増えているのだ。全てはエレモアシティーにありとあらゆる汚れを集結させた結果と言える。隠したらそれ自体無かったことに、お偉いさん達の中ではなるらしい。    フードを深く被り壁に凭れて時間を潰す男は、その光景に懐かしさを覚えた。      ―瞼を閉じれば使い古した脳みそがあの日、あの時を鮮明に思い出すのである。       爆撃で火柱が立った古本屋は、よく通っていた店だった。消化活動はどこそこで火の手が上がり間に合わない。だが消さなければ全て燃え尽きてしまうので、ボランティアの人間がホースを引いて朝晩関係なく奔走する。    黒焦げになった死体が広場に山積みになって、スコップ片手にそれらを大きな穴に埋める。もう皆慣れたもので穴を掘る者、死体を運ぶ者、埋める者で役割が決まっているのだ。    少し先で銃声が鳴り始めると共鳴したように辺りは銃声が追いかけるように響き渡る。だが腹は減るので地べたに座り仲間と談笑しながら昼食を取るのだ。今日は何人敵を殺せるか、連中がいかに無能で価値の無い存在なのか、自分達に刷り込むように。    次の日笑っていた仲間が死体になって帰ってくる事などよくある事である。        「―痛てぇよぉ!まだかよ!血が止まらねぇ!」    その叫び声でウィルソンはさほど変わらぬ現実に引き戻された。近くの椅子に座る男の足にはナイフが突き刺さっていて、ポタポタと床に血溜まりを作る。それを掃除ロボットがすかさず綺麗に吸い取った。    同じ画角から歩いてくる男は、周囲など見向きもせずこちらへ直行だ。   「悪い、待たせた。」 「…そうだな。退屈だった。」    ノエルは退院後の検査のためエレモアシティー総合病院に足を運んだ。ウィルソンは家で大人しくしているつもりだったが、彼がどうしてもついてきて欲しいというものだから仕方なく同行したのだ。   (時々子供みたいなところがあるんだよなあ…) 「それで?検査の結果は?」 「特に異常は見られないそうだ。痣のことも聞いてみたが稀に消えないことがあるらしい。本当かどうかは分からんが。」  「…そうか。」    横並びに歩きながら他愛もない話をする。ウィルソンの心に残ったモヤはまだ完全には晴れていないが、それはノエルに対してではなく自分の問題である。 (試すような真似までして、その癖に私は何一つ信頼出来るような人間じゃないってのがまた…)   緊急搬送のサイレンが鳴り響く中、二人は病院を出た。そのまま家に帰る、そう思っていたがノエルはそうでは無いらしい。駅の方向とは逆に歩き出した。   「どこ行くんだ?」 「お前の買い物だ。」 「…私の?何か必要なものがあったかな」 「そのままじゃ不審人物だ」  くいっ、とフードを長い指先に持ち上げられ、覗き込む藍色の瞳と目が合った。何を考えているのか分からない深い色に吸い込まれそうな感覚が起こる。     「…しょうがないだろう、帽子、無くしてしまったんだから」  「だから買いに行こう。俺も新調したいものがあるから付き合ってくれ」 「…わかった」     これを機に少し隣の男に話してみよう、ウィルソンはそう小さく決意した。勿論一番大切な事は端から言うつもりはなかったが。    

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