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第61話
満天の人口星の中に、赤い一本の亀裂が浮かび上がっている。稲妻か?しかしスターシールドに覆われているのに自然現象が起こるはずはない。
「なんだ?…ライトが壊れでもしたのか?」とノエルがちょうど柵から手を離した時。
グラグラと地面が波打ち、地の底から響き渡る轟音がエレモアシティーを包み込んだ。
「ノエル!伏せろ!」
ドン!と体を押され、ノエルは地面に倒れ込んだ。その上にウィルソンが守るように覆い被さる。
―数秒後、目を焼き尽くすような攻撃的な光がその亀裂から弾け、そこから凄まじい熱風が肌を突き刺した。
ひゅん、と風を切って何かが地面に叩きつけられる。
立ち上がった土煙のせいで何が起こっているのか分からず、心臓が生命の危機を感じてバクバクと暴れだした。ザクッと鋭利な何かが左手を殴るようにぶつかって、ノエルは(手が無くなった?)と焦りを感じる。
それが止むまで五分とかからなかった。体感ではとても長く感じたが。
「…ッ、ぅ…ゲボ、…」
吸い込んだ砂を吐き出すように咳き込んで、ノエルは恐る恐る目を開けた。
空から降り注ぐ破片はエレモアシティーを覆っていたスターシールドやソーラーパネルの残骸だ。それらが地面に突き刺さり、辺りは剣山のようになっている。
「…うッ…」
左手に貫通しているだろうこぶし大のガラス片を目の当たりにして目が回り出した。切断されていないので良しとする、そう思ったが酷い怪我には変わりない。
だが左手だけで済んだのはノエルを守った男のお陰だろう。
「…おい!大丈夫か?」
ノエルは自分の背中に伸し掛る男に声をかけた。上から垂れてくる赤い水滴が、ぽつりぽつりと地面にシミを作る。反応がないので痛みを堪えて体を起こすがその際右手にも小さな破片が刺ささって一度断念した。
バリバリ、と上空からまだ音が鳴っている。このまま屋根も何も無い場所にいては、左手だけでは済まなくなる。
ノエルは根性を見せて、グッと上半身に力を入れて起き上がった。
ボタ、ボタとノエルの首に生暖かい水滴が落ちる。ずるりと背中が軽くなり、男の安否を確認するため目玉をそちらに向けた。
「―ッ!!」
ピクピクと痙攣したそれは、頭や背中に大量の破片が突き刺さる。まるで針刺しのようになった美しい男にノエルは呆気に取られた。
「ウィルソン!大丈夫か!」
「……………」
うつ伏せのまま動かない男を恐る恐る揺さぶるが明らかに死んでいる。脈を測ってみたが、心臓は拍動していない。致命傷は後頭部に突き刺さった何かの残骸だろう。身体中ボロボロである。
「…クソ!」
ノエルは自らのじんじんと熱く重い左手の破片を引き抜くため、ポケットから白いハンカチを取り出して準備を整える。このまま破片を付けたままでは身動きが取り辛い。
「…ぐッ…」
歯を食いしばり震える両腕に体重をかけながら力を加え、どうにか左手からそれを掴み出した。どうやら貫通はしていなかったようだ。とぷ、と溢れ出てきた血を止めるため用意していたハンカチでぎっと縛り、十分とは言えない止血を完了する。
「…はぁ…はぁ…どうする…」と荒い呼吸を整えながら自らに問いかけた。この男を引き摺ってどこか建物に避難する?そう考えたがノエルも負傷しているのでそれは厳しい。
男を甦らせて自力で歩いてもらう他ないだろう。
まずは背中の破片から、躊躇っている暇はないとノエルは一気にそれを引き抜いた。
噴射された血は、ゆっくり服を血みどろにする。恐らく布の下の皮膚はもうくっついている事だろう。
大きめの破片をある程度取り除き、最後に頭の残骸に取り掛かる。
「…ックソ!抜けない!」
深くまで到達しているのだろう、引っかかって出てこない。左右に振りながら抜こうとすると、脳みそがぐじゅぐじゅと音を立てる。更に血液が泡状になって溢れ出すのだ。
吐き気を堪えながらノエルは最後までやり遂げた。肉、骨、皮膚がそれぞれゆっくり元の形状に戻っていく。喉に焼き付くような汁が纏わりついていたが、無事成功である。
「おい!起きろ!」
「………」
「ウィルソン!」
反応は返ってこない。ゆっくり仰向けにして名前を呼ぶが目覚めないのだ。段々とノエルは不安と焦りで冷静さを失いつつある。
「…生き返るんじゃなかったのか?」
落ち着くため空に視線を向けると、スターシールドの一部が崩壊し外から陽の光が差し込んでいる。エレモアシティーが太陽の光を浴びるのは実に一万と九五〇日ぶりだ。
『落ち着い―避難―…更なる倒壊の危―…』
サイレンの音が不気味に街全体に響いて避難を呼びかける放送が掻き消えている。ノエルはしびれを切らしてその血だらけの頬を強めに叩いた。
「おい!」
「………う、う〜ん……」
するとようやく目覚めたのか、男は寝坊助た声を上げて瞼を拭った。のそのそと体を起こして自分の体の違和感に気がついたのだ。
「痛ッ!………なんだこれは」
取り除かなかった細かい破片は痛みとしてそこに残ったまま、死んだからと言って全てがリセットされるわけではないらしい。
「早く立て!!また降ってくるかもしれない」
ノエルは男の腕を引いて、足元に注意しながら階段を下っていく。上ほどでは無いが細かい破片が散らかっていて、安物の薄い靴であったら刺さっていた事だろう。
「ノエル、お前手が…大丈夫なのか?」
「気にしないようにしているから触れないでくれ」
階段を下りきると同じような建物が密集している。元々廃墟のようなものしかなかったが、壁が抉られ穴だらけ、いつ倒壊してもおかしくない。
来た道を思い出しながらどこが安全なのか必死に考える。
(駅の被害状況が分からない以上街を出ることは難しい。…とにかく頑丈そうな建物は…)
「なあ、一体何が起こったんだ?お前と話していた所までは覚えているんだが…」
「スターシールドがいきなりバラバラになって降ってきたとしか言いようがない。どこか安全な場所を知らないか?ここから一番近い場所がいい、次いつ崩れるか分からない」
ノエルの腕が急に後ろにグイッと引っ張られる。ウィルソンが立ち止まったのだ。
「おい!何やってる!……どうした?」
「大変だ………行かなければ」
青い顔は死んでいる時より生気がない。緊張からかギリギリと男の手に力が入り、ノエルの腕が引きちぎられそうだ。
「行くって何処へ?」
「………デリカロッド」
「は?…馬鹿な事を言い出すな!あそこは上部だから特に被害が大きいはずだ!」
ノエルは男が次に言う名前を分かっていた。"ひ"から始まり"き"で終わる忌々しい存在だ。こんな時まで嫉妬に狂いたくはないが非常時だからこそ尚更苛立つ。
「ヒラキが大丈夫か確かめないと…」
「気持ちはわかるがまずは―」
「頼む!お前も一緒に来てくれ!」
何に怯えているのだろう、彼は肩を縮めてそう懇願した。ヒラキの事が心配で心配で仕方がないのだ。面白くないが、一人で行かせるのはもっと面白くない。
メリメリとまた上空の人工物が唸りを上げている。そこから覗いた青空はとても陽気だ。
「分かった、だが危険だったらすぐに安全な場所まで戻ると約束しろ」
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