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第64話

「おい!まさかこんなのが今晩の飯だとか言わないよな!」    配給された菓子パンは子供でも満足しない小さな物だ。文句の一つや二つ言いたくなる気持ちも分かる。だがどれ程怒った所でそれ以上は貰えない。    「負傷者の方はこちらに並んでください」    白いタープテントにビニールを引っ掛けただけの簡素な治療室、その前にずらりと並ぶ怪我人の中にノエルとヒラキは順番を待っている。   赤いタグが腕に巻き付けられた重傷者から先にそこへ消えていく。彼らの番はまだまだ先になるだろう。    人で溢れかえった上部駅は頑丈な建物という事で避難所として利用されている。恐らく他の地区ゲートも同じようなことになっているに違いない。   「このゲートを開けて!四時までに帰らないといけないの!」 「こんな危険な街に居られるか!歩きでもなんでもいいから開けろ!」    固く閉ざされたゲートの前に集る彼らは外に帰る場所がある人々だ。エレモアシティーから外に繋がるトンネルは大体二十キロメートル、勾配があるので徒歩で三、四時間といったところだ。   「ただいまゲートの解放を制限しております!ゲートの前に集まらないでください!」 「いつゲートは解放されるの!!?」 「市長の許可が降り次第、としか言いようがないです」 「はぁ!?それっていつになるのよ!大事な仕事があるのよ!その分の損失、あんた達払えんの!?」    気が立った彼らの対応を押し付けられた警備員達は息をつく間もない。  それを冷たい地べたに座りながら眺めるリク・サコダは手に着いた粉砂糖を品なくべろべろ舐める。   「なんでゲートを閉鎖してんだろ。普通は外に避難した方が安全だと思うんすけど…おにーさんもそう思わないすか?」    そう同意を求められたウィルソンは硬いパンを齧りながら「そうだな」と無難な返答をした。  童顔の青年はじっと男の顔を見ている。何か言いたげでウィルソンは御手洗に行ったレミが早く戻ってこないかとチラチラ視線を泳がせた。   「ね、やっぱりおにーさん先輩と知り合いだったんでしょ」 「…先輩?」 「とぼけんでくださいよ〜、ノエル先輩す。てか俺のこと覚えてます?ほら、おにーさんが暴れ回って先輩が捕まえた時に一緒にいたっしょ!」 「そうだったか?私は人の顔を覚えられない」 「ふーん、なぁんか怪しいなぁ」    ノエルと打ち合わせしていなかったせいでどう対応すべきか頭を悩ませる。ここは話を逸らす方が良いだろう。   「そんな事よりヒラキと何を話していたんだ?」 「え?あー、…それは部外者には言えないというか…。てかあの人大丈夫なんすか?急に発狂したから驚いたっすよ」 「大きな音で驚いたんだろう、…面倒かけたな。」   下手に会話するとボロが出そうなのでウィルソンはそれきり無言を決め込む事にした。サコダもそれ以上会話を続ける気はないようだ。だが無言を貫けばウィルソンにとって辛い光景が目に付く。    泣きわめく甲高い子供の声、それを叱る母親。妻を宥める夫は優しく彼女を抱きしめる。  再会を喜んで騒ぎ出す恋人たちの五月蝿さに殺意を覚え、理性でグッと堪えた。   (気持ち悪い…)    耳を塞いでフードを深く被る。そうすれば多少はマシになる気がした。  ブツブツと身体中イボが出来たように毛穴が開いて、そこから嫌悪感が消化される事は残念ながらない。体を丸めて耳を塞ぐ男に、サコダは(この人もヤバイ感じ?)と顔を引き攣らせる。    二人が気まずくしている頃、ようやくノエルとヒラキはテントの中までやって来た。自分たちの番まであと少しだ。   「…大丈夫か?」 「え、ええ。俺は大したことないです…。あなたのほうが怪我は酷いでしょう」 「俺が軽傷で済んだのはあの男が庇ってくれたからだ」  「…………そうなんですね」    ヒラキの反応で、ノエルは(彼もウィルソンが不死身だと知っている)と確信した。だが不思議と腹が立たないのは今後の方針が決まっているからである。     テントの中は血だらけで意識もないような人間がゴロゴロ転がっている。生きているのか死んでいるのか見ただけでは分からない。即席で集められた医者や看護師は忙しなく走り回り、次々患者を診ていくのだ。 「…先程はすみません。多大なる迷惑をかけてしまって…」  ずっと並んでいる間、ヒラキはいつ謝るかタイミングを伺っていた。自分の罪悪感を晴らすための行動であるが、ノエルは咎めようとはしない。   「俺は大した迷惑はかかっていない。気にするな」と彼が言って欲しいであろう言葉をかける。   「次の人どうぞ」    ようやくノエルの番になった。傷口を見せるため巻き付けていたハンカチを外し、後は医者に任せていればいい。   「あなたはどこを怪我したの?」 「えっと、俺は…その、…どこか打ったような気がして…」    隣で処置を受けるヒラキを観察しているうちに左手を七針縫われた。愛想笑いを浮かべ、周りの顔色を伺っている。気がつけば消毒液をかけられて以上終了だ。酷い怪我だと思っていたがそうでもなかったようで一安心である。    ヒラキも特に異常は無かったようで、二人は自分たちより遥かに重傷の人の横をすり抜けた。   「人が多いですね…」    テントの外は入る前より人で溢れている。どう見ても定員オーバーであるが、上部で一番頑丈な建物に集まるのは当然だ。     「ちょっと待ってよー!」    騒がしく走り回る子供がちょうど出てきたヒラキにぶつかった。   「い、いた…」と尻もちをついた子供に彼は慌てることなくしゃがみ子供の目線に合わせ、起き上がらせると「大丈夫?ごめんね、怪我してない?」と優しく問いかけるのだ。その子が頷くと頭を撫でて「走らないようにね」と見送る。   「意外だ。貴方はもっとアタフタするかと思っていた。子供好きなんだな。」 「…そう、ですね。元気で、パワーが貰えるというか…」 「良い父親になりそうだ」 「…俺に家庭なんて無理ですよ」 「そんなことは無いと思うが」     二人は肩を並べながら配給のパンを取りに行く事にした。食いっぱぐれる前にさっさと自分の分は確保しなくてはいけない。明日もあるとは限らないのだから。    配給所も予想通り混みあっている。普段ならば自ら進んで話しかけようとは思わないが、目標を達成する為ならば苦にはならない。   「…ヒラキさんはウィルソンと長い付き合いなんだよな」 「…え、……あ、はい…長いと言いますか付かず離れずと言った感じですかね。」     ヒラキは分かりやすく表情を暗くして声が小さくなる。彼はきっとウィルソンから離れ、普通の家庭を築きたいと思っているのでは無いか。    「以前俺が言った事を訂正したい」 「訂正?」 「俺は彼に性欲や支配欲を向けていた。だが今は純粋な恋心のほうが大きくなっている。…ヒラキさんは彼と仲がいいから勘違いされたままでいて欲しくなくてな」    それは嘘も混じっているが大方本当の事だ。ウィルソンが聞いていたらまた首を絞められて殺されそうになるだろう。   「どうして、…何故心境の変化が起きたんですか?アイツがあなたを庇ったから?」 「元々ちゃんと好きだった。…だが彼が『気持ち悪い』というもんだからヤケになっていたのかもしれない」    配給のパンが手の届く範囲に来たので、ノエルはヒラキの分もちゃんと取って渡した。カチンコチンのそれはあまり美味しく無さそうだが。   「…そう、だったんですね。」   「貴方にも八つ当たりのような事をしてしまったな。申し訳ない」      高圧的な態度を改めた男にヒラキは目を丸くして困惑している。だが人が良いせいで手のひら返ししたノエルに強く出られない。それともただの愚か者なのか。   「いや、俺に謝らないでください!あいつのこと色々と面倒見てくれてるし…」 「それは俺が好きでしている事だ。」    人混みの中、サコダとレミの背中を見つけたノエルは自然とそちらの方へ向かった。   「あ!二人ともやっと帰ってきた!大丈夫だった?」    レミは赤い口紅を塗ったのだろう、人でも食いそうな口をしている。サコダは地べたにあぐらをかいてリラックスしているようだ。  しかしウィルソンの姿はない。ノエルの目玉はグルグルと人混みの中に彼を探した。 「…ウィリアムは?」とヒラキが小さな声でレミに問いかける。    「なんか知り合い?を見つけたみたいで外に出てった。危ないからって止めたんだけど…」  「どっちから出た?俺が様子を見てくる」    そう申し出ると、サコダの黒い目がノエルを捕える。そして彼は立ち上がって「先輩、大事な話があるんでちょっといいすか?…仕事のことで」と引き止めるのだ。ふざけている様子もなく、『仕事』と言われれば断れない。   「あ、じゃあ俺が見てきます…。」 「じゃあアタシも行くよ。一人は暇だから」 「いや、でも…」 「ほら行くよ!」  レミが一緒ならノエルにとっても安心だ。女性を危険な場所に連れていく事にヒラキはあまり乗り気ではないようだが、押しの強さには勝てない。    二人が人混みに消えた事を確認して、サコダは早速話し始める。   「ヒラキ・ライトについて、…気になる点があるんすよ」  

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