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第67話
薄暗い駅内は色んなところから寝息が聞こえる。三メートルほど隣でごうごうとイビキをかく音、反対側で赤子が泣く声。目覚めのアラームにはちょうど良い雑音だ。
「…………」
後頭部に感じる嗅ぎなれない香水の匂い。(高いブランド品付けて自慢してんじゃねぇ)と不快感に襲われる。隣に感じる温もりからはいつもの匂いがして勝手に心が安心を覚えた。
やけに重たい体を起こすと「…起きたのか?」と隣の男も目が覚めたようだ。
「………」
(ここはどこだ)
家畜の豚のように地べたに転がるゴミ達はこんな所にこぞって集まってなんの意味があるのか。
「どうだ?調子は良くなったか?」
馴れ馴れしくその手を伸ばし、背中を擦った男に視線を向ける。彼は目が合うと安心したように幼い笑顔を浮かべた。
愛らしく、憎たらしいその笑顔。
(ああ、なるほど。俺はまたチャンスを掴んだというわけか。)
「…少しは良くなったよ。」
「良かった。寒くないか?私の毛布を貸そう」
「いや、いいよ」
子供をあやす様に男の手のひらが頬に触れる。愛情の籠った男の行動一つ一つにむかっ腹が立つのはそれが向けられているのが自分では無いからだ。
(…まだその過保護直ってなかったのかよ。俺だとわかった瞬間に逃げ回っていたくせに)
モゾ、と黒い影が揺れた。視線をそちらにやると、黒い髪の男が背を向けて眠っている。随分ガタイの良い男だ。お高くとまった香水の匂いはその男のものらしい。
自分の体をまさぐった。残念ながらこの馬鹿は何一つ使えそうな武器は持っていないようだ。
「…トイレに行ってくる」
「大丈夫か?私もついて行こうか」
「大丈夫だって。すぐ戻るから。」
立ち上がってキョロキョロとそこを見回す。どうやらここは駅なのだろう。
つかつかと歩けばゴミばかり転がっている。今すぐに全て処分したいが、なんの道具もないので我慢するしかない。
大体のゴミは眠っている。起きているゴミは、汚い帝国訛りで話をしているのだ。
雑なトイレの標識は実に帝国らしいセンスのなさだ。最も、どんなに良いものでも帝国が混じるとただの汚物だが。
男子トイレ、そこには先客が一人小便器に向かって用を足している。運がいい、あれだけの人がいてトイレにいるのがこのゴミだけとは。
それに洗面器の前に置いてあるネイルハンマーは素晴らしい凶器だ。護身用に持ってきたのだろうが、手元に置かないとなんの意味もない。寝転がっているゴミ共の頭を餅つき、は流石に出来ないが持ち運びしやすい大きさだ。
「くそ、切れが悪いなぁ〜、頻尿器科に俺もそろそろ行く歳かね…」
小便器に向かって呟かれた独り言は帝国訛りである。まず手始めに体を慣らす準備運動から始めようと、その頭に向かってハンマーを振り下ろす。
『バキッ!!』
骨が砕け、男はそのまま小便器に頭を突っ込むようにして倒れた。しかし必死にその両手両足で起き上がろうとする。帝国民というのは昔からしつこくて嫌な奴ばかりだ。
「…殴りが浅かったかな」
「あ゙グ…ぅ」
今度は思い切り振りかぶる。バキッ、からベコっという感覚になるまで時間はかからなかった。
「クソ帝国民は自分の小便に溺れて死ぬのが丁度いいよな。可哀想だから水流してやるよ。」
ジョロロロと水と尿と血が排水され、あんぐり空いた口はガポガポと音を立てている。それが終わると気が済んだのか男の足を掴み、一番奥の個室にとりあえず入れておく。血の跡が小便器から奥まで続いているが、分かりやすくていいではないか。こうでもしないと連中は馬鹿だから腐るまで気が付かないだろう。
血の付着した手やハンマーを洗浄するため洗面所の蛇口を捻った。黒っぽい服にいくら血が飛ぼうと分からないはずだ。
正面の大きな鏡に映るのは冴えない男。ムカつく腑抜けた口元を無理やり引き上げる。こうすれば少しは自信があるように見えるだろう。しかし気を抜けば直ぐに口角が下がるので段々とまたストレスを感じてきた。
「このクソ冴えねぇダサ男が!」と鏡に向かって言う様は異様以外の何物でもない。
「あー、駄目だ、ちゃんと振舞っておかなければ、またやられる…、そうしてまた冴えないクソ男に戻って、…次のチャンスが来るまで…」
一連の行動は大体十分程だろう、そろそろ彼が心配して見に来るはずだ。さっさとここから出て、いつものように間抜けで冴えない男のフリをしなければ。
狂人は何事も無かったようにトイレの外に出た。すると向こうから小走りで心配そうな顔をした男がやって来る。
「大丈夫か?遅かったから心配した」
「…ごめん、なんだか吐き気がしてて吐いてたんだ。」
笑顔よりもその不安でいっぱいの表情に心が満たされる。早く連れ帰って彼の怖がる事を沢山してあげなければ。
(きっといい声で泣き喚くに違いない)
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