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第71話

「ヒラキ・ライト、我々と同行願おう」   皆の注目が集まる中、その男はノエルに向かってニッコリと微笑んだ。正確にいえばノエルの背後に隠れて怯えるウィルソンに対して笑っている。狂気じみた笑顔とは裏腹に彼の声は冷静だ。   「どうかしたんですか?ここで話せばいいのに…。」 「そういう訳にはいかない。部屋を用意してある。そちらに移動してくれ」    隣のサコダはいざという時に対応できるようにピストルの位置を確認している。ノエルは直ぐに地元の警察官に事情を説明し、ヒラキ・ライトが逃げないよう取り囲むよう協力を要請した。彼が何か行動するとは思えないが、警戒するに越した事はない。その状況に気がついたのかヒラキのぼんやりと虚ろな瞳がギョロギョロと蠢く。   「…なんだか俺、疑われてる?」    呟きは独特なイントネーションだ。俗に言う王国訛りである。確かにヒラキは王国の人間であるが今まで気になるほどの訛りは無かった。心の余裕がなくなってその訛りが顔を出したのだろうか。   「いやいや、そんなんじゃないすよ〜!俺たちは単純に話聞きたいだけすから…ね!行きましょ!」    サコダが逃げないようにヒラキの肩に手を置いた。フレンドリーに接して別室へ誘導しよう、という魂胆だ。だが中々その場を動こうとしない。確かに疑われていると分かれば行きたくないのは理解できるが、気の弱い彼なら押しに負けて直ぐに言う通りにするはずである。   (…何か…)   ノエルはヒラキを注意深く観察し、ある事に気がついた。   「ヒラキさん、そのズボンのポケットには何が入っている?」     上着を被せてあって分かりづらいが、明らかに右のポケットが膨らんでいる。ゴツゴツとした、何か細長い物だ。   「……」 「…あ、ほんとだ。何入れてるんすか?見せて見せて〜」 サコダは手をヒラキのポケットに突っ込んで、その中身を取り出した。 「…うッ……」    現れたのは、一本のネイルハンマーだ。監視プログラムの映像で被害者の男性が持っていたそれと同じものだ。尖った先には、毛を生やした肉片がこびりついている。    言い逃れ出来ない物的証拠だ。    サコダがそれを驚きのあまり手から滑らせた時、そのケダモノはギラリと目を光らせる。 「―ッ!?」  無駄のない動きで伸ばされた腕はサコダの顎を下から打ちのめした。そして素早く後ろに周り首をギュッと締め上げ、サコダの内ポケットからピストルを抜き取ってこめかみに押し付ける。その間五秒程の短い時間だ。ノエルも反射的にピストルを引き抜いたが人質を取った向こうの方が有利である。 「ひぃいい!!先輩助けて!!」  武器を取り上げられたサコダは情けない悲鳴を上げた。ヒラキは四方八方、沢山の銃口を向けられているというのに平然としている。 「銃を下ろせ!」 「…断る。」  信じがたいがヒラキは昨晩トイレで男を殺害し、平気な顔をして今の今まで過ごしていたのだ。   「サコダを解放しろ。…何か訳があるなら話を聞く」 「訳?そんなものない」 「…じゃあ何故こんな事をする」 「ただの嫌がらせだよ。…ウィリアム!」   ヒラキはノエルの背中に隠れている男に強い口調で呼びかけた。それにビクリと反応を示し、異様なほど早い呼吸音がさらに早く短く刻まれる。ウィルソンの事だ、ヒラキが疑われているとなれば庇いそうなものだが今の彼はそうする余裕すらない。 ヒラキは「ごめん、怒鳴るつもりはなかったんだ。こっちにきて。一緒に行こう」といつもの優しい口調に戻すが、人質には優しさのカケラもなく銃口でガンガンと(こめかみ)を突く。それでも顔を出さないウィルソンに血が滴るほど唇を噛んで、赤くなった歯をニカっと見せて笑うのだ。 「あーあ、お前のせいでこいつが死ぬ、それでもいいのか?」 「うぅ…や、やめて欲しいっす…!」    ウィルソンの心の揺らぎを感じ取ったノエルは片腕を伸ばし静止する。サコダが殺される事は望まないが、男を危険人物に引き渡す訳にはいかない。   (どうする?…だがどれを選んでも後悔するに違いない)    正解なのか分からずノエルは石のように固まった。男の足を撃ち抜いてサコダを救出する事も考えたが、激高して他の人間に無差別に攻撃するかもしれない。   (狙うなら……右腕か?いや手はサコダの頭と近い。となれば…)    トリガーに指をかけた。しかし左手の負傷のせいか震えて上手く定まらない。右手でグッと震えを押さえ込み、できる限りサコダに当たらぬようその狂人の頭を見据えた。鼓動がバクバクと跳ね、背筋に一筋の汗がゆっくり下りていく。この弾丸が男の命を奪うのだ。      思えばノエルはヒラキ個人を憎んでいない事に気がついた。          ―呼吸を止めてあとは押し込むだけ。       「止めろ!」とウィルソンはノエルのピストルに手をかける。そのせいで照準が外れ、弾丸はサコダの足元ギリギリを掠めた。   「―ッ!待て!」  ウィルソンが邪魔をしたせいで男に大幅な猶予を与えてしまった。彼はすんなりサコダを手放して、人集りの中に飛び込んだ。   「逃がすな!!」  ノエルはヒラキが紛れた人混みに自らも飛び込み追いかける。しかし見えていた頭が一瞬視界から外れるとたちまち彼の姿が消え去るのだ。三方向に設置された出入口を確認し、近くにいた人間に尋ねて回ったが「分からない」という回答しか得られなかった。  特徴がない平凡な容姿だからこそ誰の印象にも残っていない。   「…クソッ!」 ノエル達は目に見えて危険な人物を易々と取り逃し、オマケにピストルまで与えてやったのだ。        

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