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第72話

 白熱灯の下、机を挟んだ先に座る男はようやく恐怖から解放されたのか体の強ばりを解いた。    その別室は元々ヒラキから話を聞くために用意したものだったが、ノエルはウィルソンと二人きり対面している。    地元の警察官らは危険を承知でヒラキ・ライトを捜索する為上部駅の外に出ていった。サコダはデータベースが繋がったのでローレンに今回の事を含め諸々報告を入れている頃だろう。    ノエルは、ヒラキ・ライトの逃走を手伝った男の尋問を任されている。   「少しは落ち着いたか?」   その問いに、彼は頷いて「情けない姿を公衆の面前で晒してしまったよ」と笑った。先程までの怯えは影を潜め、そこには疲れた笑顔だけ残る。   「単刀直入に言うが…お前がヒラキさんの共犯ではないかと疑われている。」  ノエルは隠すこと無くウィルソンにそう話した。彼は片眉を上げて「あー…」と机に視線を落とす。   「それは私があいつを逃がしたように見えたと言うことか…」 「そうだな。違うならここでちゃんと宣言してくれ」 「…」    ウィルソンは何故かだんまりだ。ただ『違う』と言えばそう報告出来る。しかし彼は直ぐには答えなかった。ノエルもまた直ぐに催促はしない。五分ほど彼は唸りながら悩み、ようやく口を開いた。   「もしそうだと言ったら私は捕まるのか?」 「…その可能性はある」 「どっちにしろ面倒ということか…。」  はぁ、と体の空気を全て出すかのような大きなため息。彼はボリボリと乱暴に頭を掻きむしって答えを探す。ヒラキをどうにかして庇いたいのだろう。   「私がヒラキに頼み込んで殺してもらった。」  ウィルソンの発言にノエルは驚かない。言葉に真実味を持たせるため敢えてノエルの目を真っ直ぐ見るが、机の下の足が落ち着きなく動いている。 「…本当は?」    「…本当?えっと…本当の事だ」 「ヒラキさんは明らかに様子がおかしかった。まるで人が変わったように。その原因を知っているんだろう?」 「………」    ピタリとウィルソンの呼吸が止まる。呼吸を再開した頃、じんわりと汗が額から流れ落ちていった。ノエルになら話してもいいと思ったのか、それとも一人で抱えるには荷が重かったのかポツリと話し始める。   「…確かに、あいつはヒラキじゃない。」 「あの人は二重人格か何かなのか?」 「恐らく。病院で診断された訳では無いがね。…あるきっかけでまた表に出てきてしまったようだ」    その日のヒラキは確かに情緒不安定だった。頭上から瓦礫が落ちてくると考えれば誰だってそうなるが、彼の場合は他の原因がありそうだ。   (だが昨日話した時は普通だった。…その時はまだヒラキさんだったという事か?)    子供に優しい表情浮かべたヒラキが思い起こされ、ノエルはやはりまだ信じ難い。   「だからヒラキは悪くない。悪いのはあいつなんだ。いや、根本を辿れば私が悪いのだが…とにかく、ヒラキを捕まえないで欲しい」    男はテーブルから身を乗り出してノエルにそう懇願した。言いたいことは分かるが、それにうん、と頷く訳にはいかない。こうしている間にあの男は誰かを手にかける可能性がある。   「例えヒラキさんの別人格がそうさせていたとしてもこのまま野放しにしたら犠牲者が増える可能性がある。罪が重なれば苦しむのは本人だ。…お前は馬鹿な事を言わず大人しくしていてくれ」    幾ら秩序維持課の課長と知り合いだと言っても派手な行動を取れば隠蔽できないかもしれない。   「…そう、だな。分かった。私は何も知らなかった。…これでいいか?」 「ああ。」    話が纏まった時、ちょうど雑なノックが部屋に響き渡った。扉の先には憔悴しきった顔のサコダが立っている。恐らく事のあらましを説明する過程で、ピストルを奪われた事を話したのだろう。   「先輩終わった?」 「…ああ。彼は無関係だと主張している」    ノエルは何か言いたげなウィルソンに目配せした。『絶対に余計なことはするな』と。   「…ローレン部隊長から本庁に来るよう指示されました。十六時に一部ゲートが解放されるんで、青色のスキープカーに乗ってください」 「ヒラキ・ライトの捜索はどうなる?地元の警察官達だけでは…」    机にぼんやり映る自分の影が、ソワソワと落ち着きをなくしている。   「現場は俺が任されたんすよ。呼ばれてるのは先輩とおにーさんだから」          男は床にこびり付いた黒いシミを見て眉を寄せた。壁には無数の爪痕があり、薄暗い独房のようだと居心地の悪さを感じているのだろう。    壁沿いに置かれた三つのベンチのひとつにノエルは腰を下ろすがウィルソンは立ったままソワソワと体を揺らす。   「この部屋は気味が悪い」 「以前は拷問に使われていたらしいからそう思うのも無理はない」    二時間、スキープカーに揺られ帝都シュタイゲンにある帝国警察庁にやって来た。一度家に帰ってウィルソンを置いてこようと思っていたが、乗ったが最後、目的地を操作出来ぬようロックがかけられていたのだ。    仕方がないのでノエルはウィルソンにフードを深く被るよう指示し、刺さるような視線を無視しながら庁内の地下二階の休憩室に待機している。   「待たせたわね」    その休憩室(独房)にやって来たローレン・クロウリーは、ノエルの顔色を伺いその次にウィルソンに視線を向けた。   「…彼が例の共犯者?」 「はい。しかし彼は無関係だと主張しています」  ローレンは向かい側のベンチに腰掛け、スラリと長い脚を組んだ。そしてウィルソンにも座るよう促す。男は仕方なくノエルの隣に座ったが落ち着きがない。   「あなた、名前と生年月日、現在の住所は?」  「…」    男は彼女の質問に答えない。確かにノエルは『余計な事は言うな』と執拗いくらいに言ったが、リアクションしないのは良くない。ローレンは男の態度を不審に思って腕を組む。   「彼はウィリアム・ウィルソン、住所はエレモアシティー西区799-5です」 「私は本人から聞きたいんだけれど。生年月日は?」 「…」 「まあいい、名前と住所さえあれば関係ないことだ」    彼女はノエルから聞いた情報を元にデータベースの管理者画面の権限にてウィルソンの国民番号を割出した。   「…ウィリアム・ウィルソン、十三年生まれ二十八歳…住所も一致。犯罪歴もなし、データベースの登録は三種に区分されているけれど外付け機器の提示を願おう」  知る限りウィルソンは外付けのデータベースを使っている形跡がない。ノエルは彼がデータベース未導入だと思って腕時計を買ってやったのだが、登録済みの端末があったのだ。しかし未導入よりは登録の履歴がある方が事はスムーズに進むだろう。 「…家に置いてきた。」 「データベースの携帯は義務よ。特に三種は常に意識して…」 「空から瓦礫が落ちてきたんだ。替えの利く機械より自分の命の方が大事だとは思わないか。」    おかしな事を言わないか心配していたが、ウィルソンは当たり障りのない返答をする。ローレンはそれ以上追求する気はないようで肩を竦めた。   「…まあそれもそうね。今回は見逃す事にしましょう。さて、本題に入りましょうか」       ローレンが指をパチン、と鳴らすと休憩室の扉を乱暴に開け放ち、白い防護服を着た連中がドっと押し寄せる。   「おい!何をする!ノエル、どういう事だ!」    ウィルソンは防護服の連中三人がかりで取り押さえられ、地面に押し付けられた。ノエルが助けようにも壁を作るように阻まれ、下手に動けば自分の行動も制御される可能性がある。   「部隊長!何の真似ですか!」   ノエルの声など聞こえていないのか、彼女は防護服の人間に「慎重に採取しなさい」と命令する。    その命令を受け、取り出されたのは注射器だ。一人がウィルソンの袖を捲り暴れないよう押さえ、もう一人が素早く腕に注射器を射し込んで赤黒い血を吸い上げた。それを採血管に移し、ゆっくり混ぜ合わせる。そしてアタッシュケースに保管し、彼らはローレンに一礼してゾロゾロと退室した。   「………」   部屋の密度が一瞬にして増え、そして一瞬にして減った。ウィルソンはぐちゃぐちゃの服を正して起き上がって呆気に取られている。    (何が起こってる?)とウィルソンはノエルに視線で問いかけるがそんな事はノエルも知りたい。今の段階で言えることは『良くない事が起きようとしている』という勘に基づいた答えだけだ。   「…部隊長、説明願います!一体これはどういう事ですか!」     焦り、不安、怒り…その感情が滲んだ声が防音の壁に吸収される。   「あなたが声を荒らげるなんて珍しい。それ程心酔しているということか」 「…なんの事ですか」 「気がついていない?あなたはどんな事でも感情を表に出すような人間じゃなかった。良くも悪くも…ね。」    ローレンはゆっくりベンチから立ち上がる。そして扉に向かって「お願いします」と声をかけた。      その合図に答えるように、ゆったりとした足取りで部屋に入ってきた男は三星の階級章を輝かせる。  フェルトマイアー・GFは笑顔を絶やさず凍りついた空間をものともせずその場を支配するのだ。   「説明は僕からさせてもらうよ」      

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