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第73話

  女の金切り声は、その訛った男たちの声で掻き消える。テーブルの下、カーテンのようになったテーブルクロスには、暴行を加えられる影だけが動いているのだ。そこで取り戻した意識に、彼は石のように固まった自分の体を知った。両手にはアサルトライフルが握られているくせに、使う人間が机の下に隠れ怯える臆病者だとただの鉄の塊だ。 (一体どういう状況だ?)   「お前ら王国民はみんな殺していいことになってんだ、殺されたくなきゃ大人しくしてろ!」  訛った声が複数人、ゲラゲラと笑っている。彼は体の緊張を解いて、テーブルからこっそり這い出た。視界に映るのは汚い地面と破り捨てられた王国の国旗。そして撃ち殺された同胞の屍。 彼は当たり前のようにスクッと立ち上がり、呑気に女を強姦している連中に向かって弾丸を発射した。そこに躊躇いなどなく、女に当たろうがお構いなしだ。壁に穴が空いた、そして汚い帝国の血もそこらに撒き散らされる。 『犠牲は戦争には付き物』と呪文のように言った上官の言葉に(なら)い無事彼はやり遂げた。  彼は敵の死体の身ぐるみを剥がして使えそうなものを調達する。全裸の死体を並べ、持っていた端末で記念写真を撮って保存しておく。ちゃんと撮れたか確認すると、満面の笑みを浮かべる男と全裸死体という猟奇的な写真の完成である。もし彼らの家族が現れたら一枚ずつプリントして配らなければ。    彼は決して狂っている訳ではない。ただ家族を、故郷を奪った敵に対して容赦しないだけである。 「ゔッ…」 「あ、まだ生きてたか…」  息の根をきちんと止めて、ふぅと一息ついた。腐った空気を吸うのはいつだって自分の役目だ。    彼は時々意識を失い、唐突に覚醒するということが幾度となくあった。初めて自分という人格が形成されたのは小学生くらいだったか。弱虫の本体が耐えられなくなって、時々自分に順番が回ってくる。大抵そのような時は本体が死に直面している時だ。特に戦争が始まってからはその頻度が増えた。   (戦争は早く終わればいいと思うのに、…終わったら俺の時間は減る)    彼は破られた旗を拾い上げ、裏面を粘着テープで繋いだ。可哀想に、道連れにしてしまった女の服の乱れを正し、「小さな犠牲に感謝する」と呟いて仲間の元へ引き摺り寝かせる。彼らに黙祷を捧げ、対して敵の死体に小便をしてやるのだ。    彼が気が済むまで死者を侮辱し終えると、ちょうど外が騒がしくなってきた。追加の敵かと彼は拳銃を握る手に力が入る。 「(ヒラキ)!」  扉が壊れるのではないかというほど思いっきり開け放たれた先には意識を支配した時必ず隣にいる男。必死の形相で駆け寄って、ぎゅっと抱きしめられるがどうしていいのか分からず彼は戸惑っている。    後ろからやって来た兵士は殺された仲間を見て「なんてこった」と現実を受け止めきれずにいた。 「大丈夫か?…怪我は?」 「敵は殺した。怪我はない」 「そうか…よかった」  この男はおそらく本体の友人なのだろう。それにしてはスキンシップが過ぎるが、彼は嫌ではなかった。   (でもこの心配も安心も俺に向けられているものじゃない)    意識が朦朧とし始める。どうやら都合の良い本体が目を覚まそうとしているのだ。それは眠りにつくような、命尽きるような、恐ろしい感覚。   「―おい、大丈夫か」    その声が遠ざかる。暗闇に沈んでいく体を覆った温もりに抱かれながら、抗うことの出来ない深い深い眠りに落ちる。

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