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第74話

 笑顔の男は、凍りついた空気にものともせず「みんなも好きなところに座ったらどうだろう?」とベンチに腰をかけた。しかし彼以外誰一人着席するものはいない。 「…これは一体どういうことですか?彼の血液を採取するにもあのやり方は問題になりますよ」  ノエルは自身のドクドクと脈打つ心臓を右手で押さえながら彼ら上司に問いかける。それに答えたのは険しい顔をしたローレンだ。   「これは帝国警察としての行動ではない。そんな事よりノエル、あなたはこの男を匿っていたというのは本当なの?」 「…それは…どういう…」 「そこにいる不死身の男よ。」    彼女が指さした先の男を何故不死身と認識しているのかノエルは分からない。どこかでヘマをした?外に二人で出かけた時もあったが、だからといって何故不死身の男と断定できるのか。まさか今更科学班が『帝国美術館』の監視プログラムの映像の不死身の男を綺麗に復元出来たと言うまい。ならばウィルソンが自分で言った?   (そんな事は100パーセント有り得ない。ヒラキさんも…恐らく無いはず)   「ああ、話したのは僕だよ。不死身の男の捜索中止の時にね」    フェルトマイアーはノエルの苦悩など知りもせずあっさり自白した。つまりノエルが不死身の男の存在を隠して行動していた事が全て筒抜けだったということだ。何故そんな事を、と問う前に呆気に取られていたウィルソンの目に強い怒りが滲んだ。   「お前!友人を売ったのか!」    そのよく通る声さえも防音壁には吸い込まれる。今にも掴みかからんとするウィルソンをローレンが阻み、静かに睨みを効かせた。 「人聞きが悪いなあ、僕が友人を裏切るわけがないでしょう。実は今色々と大きな計画が裏で進行していてね」 「…計画?それに私と何の関係がある?」 「大いに関係しているよ。君の存在がなければこのような考えに至っても実行出来ない」 その男は笑い皺だけ残し真剣な表情へと変わる。一人一人の顔をじっと見やり、一呼吸、二呼吸…存分に空気を取り込んだ。   「それは『新優生者創造計画』さ。帝国は優生者の中である組織を形成している。それも金と権力、全て持ち合わせた老人会みたいなものだ。そこで彼らは不死身の男の細胞を研究して完璧な優生者を作ろうしている」    優生者と分類されるのは血統や家柄、帝国に相応しいとされた上級国民だ。そんな彼らが手にすることが出来ない唯一のものは永遠の命である。   「その老人会に親しい友人がいてね。情報は色々入って来るんだ。それに彼らは様々な組織に"優生者"の証でもある『帝都通行証』をチラつかせている」   彼らが自分たちを優位に見せられるひとつのカードが『帝国通行証』だ。それがあれば優生者の言うことだけをきくロボットにならなくとも自由に権力を振り翳せる。   「王打会を筆頭に、最近では一部の帝国軍にも依頼しているようだ。」  はは、と乾いた笑いを浮かべるフェルトマイアーの真意がノエルには分からない。彼は所謂『優生者』に分類される家系だ。そんな彼が反旗を翻しなんの意味があるというのか。   「…ただの不死身に何をしろと言うんだ。ハッキリどうして欲しいのか言え。」    ウィルソンは冷静に、だが複雑な気持ちを隠さずフェルトマイアーを責め立てる。    「OK、僕達の計画は『帝国をぶっ潰す』て感じかな?その為に君を取られる訳にはいかないんだ」    ノエルは思わず「は?」と口に出した。ウィルソンはともかく帝国警察として国に従事している人間が軽々しく『潰す』等と言ってはいけない。つまり彼らは本気で帝国を潰そうと思っているのだ。 「…完璧な優生者を作るために犠牲になるのは力を持たぬ一般人よ。それを見過ごすわけにはいかない」  フェルトマイアーの言葉足らずにローレンは補足をつけた。彼女は不死身の存在を利用しようとしているのではなく純粋な正義感からここにいる。   (なんだ?…このなんとも言えない高揚は)    ノエルは非現実的な空間に放り込まれたように体が浮くような感覚に襲われた。日常を手放す事になると分かっていてもこの高揚は止められないだろう。    「ウィルソン君は多少の実験に協力してもらう形になるがいつも通りに過ごしてもらって構わない。二十四時間体制で護衛兼監視が付くがね。その役割はアーサー君に頼もうと思ってるよ。」    ノエルがセットで呼ばれたのはそう言う事だろう。   「………」    ウィルソンはノエルに目を向けることなく自分自身で決断した。それは初めから決めていたのではないかと言うほどスムーズだ。 「わかった。協力しよう。ただしこちらの条件を飲むこと前提だ」 「おい!ウィルソン!…考え無しに了承するな!実験されるんだぞ!」 「こうなった以上しょうがないだろう。断ったところで敵が増えるだけだ。…それにお前が今まで通り一緒にいるんだろ?」 ふっと幼い笑顔を向けられ、ノエルはグッと奥歯を噛み締めた。この男、知ってか知らずかノエルの転がし方を心得ている。これ以上何も言うまい。   「不安に思うのはしょうがないよ。安心しなさい、非人道的な実験は行わないと約束しよう。我々は本当の意味でこの国の秩序を考える仲間だ。そこにアーサー君もいると嬉しい」 「…」  正直完全に納得したわけではないが、ウィルソンが協力すると言うならノエルはそれに今は従おうと思っている。もしもの為に備えが必要であることは間違いないが。 「わかりました。…この話に乗ります」 「よし、話がまとまったところで今日は解散だ。帰りは同じ青のスキープカーに乗ってね。終着はアバナンドールだから。」 「待ってください、エレモアシティーに戻らなくていいんですか?…ヒラキ・ライトの件が…」 「あの子の件はサコダ君が調査中だ。もちろん君のデータベースに情報を共有するから、お家に帰ってから確認してね」  上司は家で待機していろと言っているのだ。ウィルソンはヒラキの事になると不安そうな顔をしているが、その腕を引っ張って帰ることにする。     バタンと閉められたその扉。フェルトマイアーは隣で遠い目をして立ち尽くすローレンに「不安?」と問いかける。彼女はその艶やかな髪を揺らしながらそれを否定した。 「不安などありません。私が、私たちがこの国をより良いものに、…二度と戦争など起きない世界にすると誓ったのですから」      帝国のロボットなどではなく、一人の人間として生きるために。  その命の輝きにフェルトマイアーは眩しくて目を細めた。  

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