76 / 93

第76話

 開け放たれた寝室の扉を潜ってきたのはクソ生意気な掃除ロボットで、ぼんやり立ち尽くすウィルソンの足にわざとのようにぶつかる。   『ハハ、ザマーミロ!主ハオ前ノ事嫌イナンダッテサ!』    いつもなら適当に流せるソレの戯言に、ウィルソンはムカムカと怒りが湧き上がり、乱暴にその丸いボディーを拳で殴った。   『暴力反対!暴力反対!暴力反対!』  「……うるせぇこのクソロボット」    少し凹んだロボットのボディーより左手の方が痛い。『ザマーミロ!』と再び煽られて、ウィルソンは寝室にソレを閉じ込める。     「……私は」          虚しくて、苦しい、こういう時は他の作業をするに限る。ノエルはデータベースからサコダに連絡を入れた。ヒラキ・ライトの件を堂々と話せるのはウィルソンのいないこのタイミングだ。   『うぃ〜…先輩ご無沙汰っすね』    浮かび上がった映像は疲れた顔をしたリク・サコダだ。どこか人のいない薄暗い物置にいるようで、積み上げられた物という物が絶妙なバランスで倒壊を免れている。 「ヒラキさんの件について連絡した。…お前はまだエレモアシティーにいるのか」  『そうっすよ〜。残念ながらあの人がどこにいるのか足取りが掴めてないす』    大きな欠伸を隠すことすらしないサコダはスナック菓子の袋を開けてバリバリと食べ始めた。ノエルは眉を寄せたが言及はするつもりは無い。そうする気力が無かったのかもしれない。   『ヒラキ・ライトのデータベースの照会をローレン部隊長に頼んでるんすけど、えらく時間かかってるみたいで連絡ないんすよね…。』 「…そうなのか」 『早く捕まえないと、俺の拳銃取られちゃってるし…』    いつも以上に暗い雰囲気を纏ったノエルに、サコダは気がついていたが何も言わない。   『少し前完全にゲートが解放されたんで各駅にヒラキ・ライトを外に出さないように通達したとこすよ。それにはどうしても国民番号やらが必要す。』    警備員が一人一人通行人を確認するより、監視プログラムにヒラキを通行不可と登録した方が正確で早い。   「聞いた話だと彼は解離性同一性障害を患っているようだ。恐らくどこかで人格が変わりあのような行動に出たと推測される」 『…それはあのおにーさんから聞いたんすか?』 「そうだが…どうかしたのか」    サコダは黒目がちな瞳を右下に向け、スナック菓子のカスがついた口をはくはくさせ、開いては閉じてを繰り返す。   『……えっと、俺、ローレン部隊長にある計画に参加して欲しいと…』 「…ああ、なるほどな。理解した」   『〜ッもぉ!なんで教えてくれなかったんすか〜!俺と先輩の仲でしょー!』    キャンキャンと吠える彼の声がうるさくてノエルの耳の奥がキンと鳴った。実に心配だ、彼のような人間が不死身の男を認識しこれから帝国相手に戦う仲間だという事に。   『なんか怪しいと思ってたんすよ初めから!先輩が誰かとつるんでるとこ見たこと無かったのに。で?どこまでいったんすか〜?』 「…何のことだ」    憎たらしいニヤケ顔にノエルは大きなため息をついた。今ウィルソンの話題は出来る限り避けたい。プライベートに踏み込んだ会話は、その事を忘れたくて仕事しているのに思い出させる。    『モー、またはぐらかして!これから一緒に帝国の陰謀を暴いて英雄像になりましょう!…あ、ローレン部隊長から通話が来たんでここに入れますね』    画面が二分割になり、サコダの左側にローレン・クロウリーが映し出される。彼女は自宅だろうか、綺麗な白い壁紙を背に缶コーヒーを飲んでいる。   『遅くなって悪かった。…ノエルもいるのね。ちょうどいいわ。色々と話すことがある。』  彼女はまずヒラキ・ライトの情報を二人に共有する。映し出されたのは、彼のざっとした経歴と冴えない顔写真だ。ノエルは興味津々でその文字列を追った。あまりに平凡で途中で見飽きたが。 『なんかこう言っちゃなんすけど、つまんない経歴すね。え、あの人ノエル先輩より年上!?下かと思ってたすよ』  ローレンは片眉を上げて騒がしいサコダを黙らせる為飲み終わった缶をテーブルに叩くように置いた。   『この情報が正しければの話よ。』 「どういう事ですか?」 『初めにヒラキ・ライトで調べたけれど不可解なものを発見してしまってね。これを見て欲しい』    送られてきた画像は、『ヒラキ』名のリストだ。そこにはヒラキ・ミラー、ヒラキ・スミス、ヒラキ・スコット…様々なヒラキ名が並んでいる。 「これが一体どうしたんですか?」 『このリストのヒラキ名の人間は十年ごとに死亡している。それも皆三十歳、死因は共通して自殺、死亡診断書を作成しているのも同じ医者よ。彼は不死身の男と知り合いだったのよね』  ノエルは静かに頷いた。なんとも言えぬ気持ち悪さがそのリストに漂っている。  サコダはその雰囲気を汲み取っていないのか、バリ、っとスナックを咀嚼した。   『うーん、ならヒラキ・ライトはあと一年もしない内に自殺しちゃうんすかね〜!不死身の男に関わったら命吸われる呪いみたいなの?』 「…そういう物言いは控えた方がいい。」 『そうなると先輩が一番に呪われてそうすよね!やばい時言ってください!』 「………はぁ」    問題が山積みだ。阿呆な同僚と取り扱い注意の不死身の男、逃走中の|知り合い《殺人鬼》に国家反逆、どこから処理すべきなのか最早分からない。   『……サコダはヒラキ・ライトの調査を続けなさい。彼はまだエレモアシティーの中よ。彼の外付け端末が一時間前西区で感知された。』 『りょ〜かいっす!』 「部隊長、俺はどうしたら良いですか」    ノエルも何か仕事がしたかった。嫌な事を忘れられるのは結局面倒な仕事をしている時だけである。   『貴方は暫く課長の指示があるまで待機していて。』 「…ですが…」 『不死身の男がおかしな行動をしないよう見張るのも貴方の仕事。』 「…承知しました……」   『解散!』の合図でぶつりと切れた通話。そのタイミングで廊下を歩く足音が耳に入った。      

ともだちにシェアしよう!