78 / 93
第78話
そこには何も無かった。正確にはある事にはあるのだが、趣味の悪い酒場が派手な色合いで思い出をぶっ潰していたのだ。
(…は?)
ショックで立ち尽くす啓 は、暫くその汚物を呆然と眺める。半壊した壁、潰れた屋根は真っ赤で塗られて、ギラギラとしたライトが何処そこに取り付けられ、看板には酒の下手くそな絵が描いてある。
「…なんで無いんだ」
そこに住んだのはほんの少しの間だが、彼にとってはとても大切な家だった。それが何故こんなセンスの欠けらも無い見知らぬ建造物にすり変わっているのか。
『二人の家って、何だか家族って感じでいいよな。』
向けられる笑顔、笑顔、えがお。この家は啓にとって大事なものを入れる宝箱だったのに。
(……俺たちの家が…)
瓦礫を拾う隣人らしき老人に人畜無害な笑顔を向けて近づいた。本当にここが自分達の家があった場所なのか再確認しなければならない。周りはえらく変わっているので、もしかしたら住所を間違えているのかもしれないからだ。
「すみません、ここに昔二階建ての家があったと思うんですけど。こう言っちゃ何ですが、壁が蔦 だらけのあばら家で」
「ああ、煉瓦の?あの家ね。…随分前に政府が買収して壊された後、会員制のバーが建てられたんだ。」
「そう、…ですか。…昔住んでたもので」
「それは気の毒に」
慣れ親しんだイントネーション、老人が王国民だとすぐに分かった。彼は落胆した啓の肩をぽんと叩き、残念そうに目を細めた。
「今の所有者はどなたですか?」
「…あ、あの人がオーナーさんだよ。」
ちょうどへしゃげた扉から出てきたいかにも輩といった風貌の男に、老人は媚びへつらうようにヘコヘコと頭を下げている。自分よりも二回り以上離れている若造にだ。
「何だって俺の店の上にだけ落ちるかね。…よぉじいさん。アンタのとこは俺の店のお陰で無傷かい」
「家は平屋の一階建てですので…」
男はずいと手を老人に向け、「保護料寄越しな」と金を要求している。
「払えよ!うちは王打会の人間とも繋がりがあるんだ、逆らったらここら一帯火の海だ」
汚い訛りに啓の笑顔は一瞬で消え去った。やはり時代がどれほど移り変わろうとも帝国民は変わらない。
「い、今はこれしか…」
差し出した端金 を分捕って、男は老人の顔に唾を吐いた。それなのにヘラヘラと笑っている彼に、啓は我慢の限界だ。
「その金を返せ」
「なんだ?俺に何か文句つけようって?」と一見弱々しい啓に男は距離を詰めて威圧する。それを見てオロオロする老人は「まあまあ、勘弁してやってください。私から言って聞かせますんで…」と二人の間にやんわり割って入った。
「ああ、テメェら老人がこいつらガキに上下関係を教えるべきじゃねーか?王国民 はぐずで底辺だってよ」
騒ぎを起こすつもりはなかった。だが染みついた癖というものがある。啓はスムーズにポケットから拳銃を取り出した。間抜けの警察官から奪ったそれの安全装置を外して男に向ける。
「…はは、冗談じゃねぇか」と先ほどまでイキリ散らしていた男はジリジリと後ろに下がった。そしてあろうことか背中を向けて逃げ出そうとする。いい的だ、大して狙ってもいないのにその後頭部に弾丸が一直線に向かっていく。
鳴り響いた銃声に、カラスが一斉に空に飛び立った。抜け落ちた黒い羽根がひらりと足元に舞い降り、啓は濁った瞳でそれを拾い上げる。
(…あのいけ好かない男を思い出しちまった)
ウィルソンを庇うように壁になって、まるで自分のもののように扱う男。
(あいつは一体ウィリアムの何なんだ?何故帝国の警察と一緒にいた?)
「ヒィイ!こ、殺さないでくれ!」
老人は可哀想に恐怖で足が砕けヘタレ込んでいる。頭を必死に守るようにして啓に命乞いするのだ。武器を持たず、帝国民にいいように扱われても沈黙を、そういう奴がいたから帝国に全て奪われた。
「…この死体、片付けてくれませんか」
「や、やめてくれぇ!」
「……」
混乱しているのだろう老人の胸ぐらを掴み、再度お願いをする。
「おい売国奴 !このゴミを捨てておけって言ってんだ。……よろしくお願いしますね」
そう吐き捨てて、啓はかつて自分たちの家だった場所に足を踏み入れる。中にいる帝国民は全て排除しておかなければ。
ともだちにシェアしよう!

