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第79話

「…お前何してる」    湯気の中から出てきたノエルを待ち構えていたのはアサルトライフルを抱えて地べたに座るウィルソンだ。   「悪い。お前が出てくるのを待ってた」 「……で?出てきたが。」    裸を見られて何かある訳では無いが、彼に意識されていないのだと突きつけられて残念な気持ちになる。  ノエルはタオルで雑に体を拭き、さっさと下着を穿く事にした。   「随分派手な下着だ。どこかのブランドか」    ウィルソンはまじまじと下腹部を見てそう呟いた。たしかにノエルが選ぶものはどれも世間一般的には派手と言われるものだ。   「なんだ?俺の下着の色でも確かめたかったのか?それにしては物騒なものを持ち歩いているみたいだが」 「…何だか誰かに見られているような気がしてな。気のせいだとは思うがね」    ノエルは退室することもなく座ったままの男に視線を合わせた。よく見たら彼はとても不安そうな顔をして、拳銃を握る手が震えている。   「部屋中探し回って無かったんだろう?」 「ああ。そうだな。……神経が過敏になっているだけかもしれない。」  「大丈夫か?」    男の頬を優しく撫でるといつもよりひんやりしている。彼は「うーん…?多分な」と頼りなく笑った。光が指さぬ虚ろを極めた瞳を一体何が濁らせたのか。   「…そうか。」    その体を、心を抱きしめて不安を全て自分に移せたらいいのに。その感情はただの恋では収まりが悪い。だからと言ってそれが何なのかまでは分からず、ノエルはただその頭を優しく撫でた。   「お前は私の頭が好きだよな。誰にでもするのか」 「いや、そんなことはないと思う。」 「疑問に思ったんだが、お前は先ほど『私たちの関係ではこの位がちょうどいい』と言って私に何もしなかったよな」 「…そうだな」、ノエルはやましさから視線を右方向へ逸らす。 「じゃあ今までのソレはなんだったんだ?てっきり私はお前の中の慰めが口付けなのかと思っていた」  言動と行動の矛盾点を早速見つけられたようだ。どうやって男の気を惹くかに囚われ辻褄が合わなくなっていた。 「俺は気まぐれな時がある。今日は何となくというか…」  その苦し紛れの言い訳が通じるはずはない。「さっきは風呂に入っていなかったから悪いと思っただけだ」と思いついたことを口にした。    このままではまた気持ちの悪い感情を向けた男として距離を置かれてしまう。積み上げてきたものが一から、マイナスからになってしまうのはノエルは嫌だった。    何か言わなくては。一言でも多く。   「それに最近物忘れが多い。」   「……それに…………」   「……」 最後に残るのは無言である。    彼はグイッと人差し指でノエル寄った眉間のシワを伸ばした。   「…まあいいがね。そういう事にしておくよ」と仕返しとばかりに濡れた頭をわしゃわしゃと撫で回すのだ。撫でた経験はあっても撫でられた経験は極めて少ないからかされるがままだ。 (…いいのか)とホッとするだけでなく、この先隠し通さなければならぬ恋慕を更に膨らませていつ破裂しても不思議ではない状況だ。    シャワーから出たばかりだからか、体の熱が下がらない。放出されぬ熱に頭がクラクラと揺さぶられる。    いつもどこか達観して、恋愛に客観的に見ている自分がいた。しかしこの男に関してはその自分が色恋に狂っているのだ。   「お前は何だか可愛い表情も出来るんだな」 「……可愛い?………冗談はやめろ」     図体もデカく可愛げのないノエルを可愛いなどと言うのは死んだ母親くらいだろうと思っていた。   「冗談じゃない。…思わず抱きしめたくなるような…放って置けないような表情だ。私に見せてくれて嬉しい。」    聖人のような男にノエルは触れたいのに触れられない。だがウィルソンはいとも容易く抱きつくと、「落ち着く」と呟いた。    今更その男の肩に触れる手がぎこちなく硬直する。暴れ狂う鼓動をその左耳で聞かれているというのは、まるで初恋のように不慣れで純粋な気持ちを晒しているような気分になった。   「居心地の悪さには自信があったが…そんな事を言うのはお前くらいだ。」   「そうか!」、ウィルソンは先程まで濁っていた瞳をキラキラと輝かせて再びノエルの頭を雑に撫でる。   「私だけなんだな。嬉しい」    体は必要以上の接触をしていない。しかしお互いの不安が打ち消されるのは心が触れているからだろう。   (恋人?家族?…名称は何だっていい。やはり俺はこの人の揺るぎない"特別"になりたい)          ―ジジジ。    ささやかな幸せを噛み締めているノエルの姿を上から捉えているのは小さなレンズ。その米粒ほどのレンズに彼らは気が付くことなく脱衣所を後にした。      

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