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第90話
―ソールを踏み鳴らす音がバタバタと迫ってくる。
「…ああ、言わんこっちゃない」
「おい、居たぞ」と行く手を阻むように現れた黒服の男達はその手の拳銃を隠す事もせず堂々と登場した。
「不死身の男、大人しくついてこい」
彼らはノエルに向かって銃口を向ける。落札出来なかった間抜けが早速行動に移したようだ。
ノエルはウィルソンに(どうする?)と目配せをして、今一度出口の場所を確認する。この廊下を真っ直ぐ突き進んで南西に向かえば出口だ。しかし邪魔な連中はそこを塞いでいる。引き返す事も考えたが、背を向けることは良い選択とは言えない。
最悪は彼らが発砲してウィルソンに流れ弾が当たることだ。ノエルがハッタリをかましたということがバレてしまう。そうなれば目撃者は排除しなければいけないだろう。…イアンも例外ではない。
「んじゃ、僕カンケーないから帰るね。」
ウィルソンは察したのだろう、自分はただ通りかかっただけという事にして一人で脱出を試みるようだ。上手くいくとは思えないが。
(は!?アンタそりゃないだろ)とイアンは表情で訴えかける。
その鬱陶しそうなファーを揺らしながら拳銃を向ける彼らの方向へズカズカと歩いていくのだ。
(馬鹿野郎!なんでそっちの方向に!)
「おい!動くな!」
当然だが彼らは男に照準を合わせた。このままでは非常に不味いことになる。
素早く拳銃を取りだし連中に正確に命中させる、…一体一ならまだしも大人数に対してそれは不可能だ。
(…怪我で済むか?しかしウィルソンに何かあったら…)
怪我をしても不死身だから大丈夫、等とノエルは思わない。痛みはそこに残り、ウィルソンを苦しめる事には違いないのだから。
思い詰めたノエルの横顔はとても苦しそうだ。イアンはそれを見逃さなかった。
(なんでそんな顔を…)
いつも無表情の兄に表情が現れる。怒りや動揺、そしてその瞳の奥に確かな愛情。それが何に向けられているかイマイチ分かっていない。
「…クソ!」、そう呟いたのはノエルではなくイアンだ。
「…トミー、ごめんな…」、腹を括ったように内ポケットに手を突っ込んで、ある球体を取り出して連中の足元に投げる。それは上手い具合にウィルソンの股の間を転がり、黒服の一人の革靴に当たった。
「…なんだ?」
視線がその丸い物体に落とされた時、
『自爆準備オーケー、爆発シマス』
とか細い機械音が一言。
連中が反応出来なかったのは、ウィルソンに照準を合わせていたからだろう。いや、反応出来なかったのはノエルも同じだが。
ノエルの体はイアンによってドンと体当たりされ後方へ倒れ込んだ。
「――ッ!?」
その球体がカッと光を発したと同時、酷い耳鳴りと立ち上がる煙に視界を奪われる。十秒ほどでそれらは収まり、ノエルは尻もちをついたまま呆然とした。
「ゲボ、ゲボ…」とイアンが煤だらけになって噎せている。警報機が館内に何処そこから鳴り響いた。
爆発の威力はさほどだったのか、黒服の連中はまだ息があった。地面でのたうち回り、痛みに呻きを上げている。
「兄貴、大丈夫か?」
「……」
差し伸べられた手を掴むことなくノエルは自力で立ち上がった。そして真っ先に爆発に巻き込まれたであろう男の方へ駆け寄る。
「…ウィルソン!」
連中から少し離れた所で蹲る男はフラフラと壁に血の筋を付けながら凭れかかった。衝撃でズレたカツラがずるりと床に落ち、白金の髪が煤けてしまっている。ズレたサングラスはヒビが入っているが、ノエルはその目元を隠すようにかけ直してやった。
「大丈夫か?」
「…なんとかな。」
「歩けるか」
「…肩を貸してくれると助かる」
ウィルソンは殺傷能力は低いものとはいえ全身傷だらけだ。傷口は薄れていくが残った痛みでその顔が苦痛に歪む。ノエルはウィルソンを引き摺るように出口に向かった。
…思ったよりウィルソンは足を負傷していたようだ。一歩進む度に苦しそうな呻き声を上げる。
「兄貴!そんなやつ置いてさっさと逃げないと!」
「…お前には関係ない!」
背後からついてきたイアンの言うことはごもっともだ。しかしノエルがそうしない事を察すると、不服ながら彼は左側に回り込んでノエルの加勢をする。
二人に両脇を抱えられ、男の足の負担は少し軽くなった。
「おい!何があった!」と正面から警備員が走ってくる。それにイアンは「分からないです、…テロかも。僕ら怪我人を運びます」と適当に誤魔化した。それに彼らは疑うことなく見過ごして現場へ走っていく。
開け放たれたままの非常出口、ようやく三人は会場から抜け出せたのだ。
目の前には洗練された白と黒の建物、何食わぬ顔で歩き去る人々。
ノエルはどちらへ向かうべきか考える。フェルトマイアーは帰りの事については何一つ指示を出さなかった。もちろん計画書にも記載は無い。
(今課長に連絡するか?いや、それよりどこかに身を潜めなければ…)
「ノエル!」
そう声をかけられ、ハッと顔を上げる。
歩道に横付けされた赤い車両の運転席の窓、そこから覗くサングラスを掛けたイカした女。
「乗って!」
どうやらローレンは状況を逐一監視していたようだ。後部座席のドアをバンと開いてノエルはウィルソンを車内に引っ張った。
彼女はドアが閉まると車を急激に発進させる。シートベルト?そんなものを装着する暇などない。
「おい!なんでお前まで!」
ノエルはイアンも同じ車内に同乗したという事に気がついて、思わず声を荒らげた。
「こいつが引っ張ったからだよ!それに兄貴よりオレの方がヤバいんだから!」
「…車を停めてこいつを下ろしてくれませんか」
「はぁ!?何言ってんだ!捕まっちゃうでしょ!」
「お前は邪魔だ!」
ウィルソンを挟んで行われる兄弟喧嘩はどんどんヒートアップしていった。
「うるさい!」
ドスの効いた声でローレンは一言それだけで後部座席の二人を黙らせる。どこへ向かっているのか、車はやがて他の車と同じ速度に落とされた。
彼女は自動運転に切り替え、後ろを振り返る。
「…彼は?貴方の知り合い?」
「…」
「…オレは弟です。」、嘘もなく正直に答えたイアンは、居心地の悪さにゴクリと唾を飲み下した。
「この子が僕らを助けてくれたんだ〜!彼を連れて行こうとする奴らをドッカーン!て爆発させたんだ!」
「…なるほどね。それは本当なの?」
「えっと、…そうですね。ヤバそうな連中だったから…」
その女の鋭い眼差しにイアンは窓の方へ視線を逸らした。
「…こいつの最寄り駅に下ろしましょう。ここからですと東口がいいかと」
「そうね…部外者を巻き込む訳にはいかないわ」
「待って!そんな事よりこの人病院に連れてった方がいいんじゃないですか?…オレのせいで怪我させたようなもんだし…」
ウィルソンは反射的に痛みのある足を隠す仕草をする。無い傷口を見られる訳にはいかないと思ったのだろう。
「問題ない。私達の向かう先に腕のいい医者がいるの。貴方は気にしなくていい。」
「…そう、ですか」
「助けてくれてありがとう」と軽薄で無礼なキャラクターを忘れてウィルソンはイアンに対して礼を述べた。
「…え?あー、別にアンタはついでだから。」
「ついでで十分だ。それに大切な相棒だったんだろう?…申し訳ない事をしたな」
イアンは顔を引きつらせた。丸くて可愛い、我が子の様に大切にしていたロボットのひとつ。帰ったら剥げた塗装を塗り直して…等と考えていた。
「別にいいよ。バックアップ取ってるからガワだけ変えれば元に戻るし。」
「そうか、良かった」
「……」
ふっと浮かべる微笑み、敵から遠ざかって安心したのか男は赤いサングラスを外そうとつるに手をかける。
ノエルはやんわりそれを阻止して、ウィルソンに(絶対に外すな)と首を横に振った。
「何でもいいがお前は下りてもらうからな」
「…ッ、分かったって!何度も言うなよ」
「あと五分で駅に着く。安心しなさい、貴方が爆発させたという事実はどうにか良い方向へ持っていくよう手配する」
「………はい」
ノエルは彼が素直に納得してくれたようで安心した。もちろん関わりたくない、というのはあるが単純に巻き込みたくないのだ。家族ではないが、彼の幼い頃を知っているから情けの様なもの。
車は駅の近くの路肩に停車する。イアンは少し名残惜しそうにノエルを見て、「…またな」と車の扉を閉める。それにノエルは視線をやること無く黙りを決め込んだ。
発信された車が見えなくなるまで彼は立ち尽くして見送っている。どこか寂しそうな目で。
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